尊厳死と安楽死について

  • 2019.07.06 Saturday
  • 02:42

人間はいつかは必ず死にます。

私の両親や、兄弟、友人、お世話になった先生、皆、歳と共に亡くなってしまいました。

眠るように穏やかな顔で死ぬ人もいれば、長い闘病生活の末、苦しんで死ぬ人や、癌の末期症状で

痛くて、痛くて、早く殺してくれ〜と嘆く人や、ボケてしまって家族の顔も解らなくなり、誰が見舞い

に来ても解らず、何年も酸素マスクを付けたまま、栄養は管を通して生かされているだけの人も。

見舞いに行って、そんな人を眺めていると生き地獄を見ているようで可哀想でとても心が痛いのです。

私もいつかそのように成るのかも知れない。そのようになったら早く安楽死をさせてほしいと思いますね。

あなたは生き地獄と、安楽死どちらを選びますか?

と聞いたら、ほとんどの方が安楽死を希望するのではないでしょうか?

でも日本の法律、刑法202条では、「人を教唆し若しくは幇助して自殺させ,又は人をその嘱託を受け

若しくはその承諾を得て殺した者は,6月以上7年以下の懲役又は禁錮に処する」とあります。

つまり、自殺幇助や積極的安楽死は法的に認められておらず、殺人罪となるのです。

では、尊厳死と安楽死の違いは何でしょうか?

日本では、消極的安楽死を「尊厳死」と呼び、積極的安楽死を「安楽死」と呼ぶようです。

つまり端的にいえば、「死なせること」が「積極的安楽死」であり、「死ぬにまかせること」
が「消極的安楽死」なのです。医師が家族の希望等を聞き了解を得て、薬の投与を辞め「死ぬに

まかせる」ことが尊厳死となり、罪に問われないようです(グレーゾーンですが)

このように、日本では安楽死は認められてないのです。

 

日本では生きる権利はあるが、死ぬ権利はないのか?という問題が出てきます。

オランダ・ベルギー・スイスなどは安楽死や、自殺幇助を法律で容認しています。

福祉大国であるデンマークやスウェーデンには寝たきり老人が一人もいないそうです。

その理由は、高齢あるいは、がんなどで終末期を迎えたら、口から食べられなくなるのは当たり前で、

胃ろうや点滴などの人工栄養で延命を図ることは非倫理的であると、国民みんなが認識しているから

です。逆に、そんなことをするのは老人虐待という考え方さえあるそうです。

それは、日本との宗派の違いだと思うのです。

日本は、神道系46.5%・仏教系48.1%・キリスト教系1.1%で合計95.7%が生まれ変わりがあると

教えられているから信じているのです。その他の4.1%の中にも生まれ変わりを信じる人もいるはずです。

少なくとも神道と仏教は神さまから魂を授けてもらい、両親から肉体を授かり前世から生まれ変わって

来ている。そして死んだらあの世に帰り、又この世に修行のために生まれ変わってくる。

輪廻転生を信じているからなのです。

だから、自殺は一番の御法度で現世で肉体を持ち魂の修行に行ってこいと命令されながら、勝手に自殺

して逃げ帰る事は脱走行為なのです。

神さまに言わせれば辛いことも、苦しいことも修行じゃ!辛いことは前世や現世の罪の償いじゃ!

と言っているのかも知れません。

天国に帰れない罪を犯した魂は、地縛霊や浮遊霊となって何百年もさまようしかないのです。

地縛霊や浮遊霊を見たことや感じたことのある人は、数え切れないほど沢山いるので事実だと思います。

鏡の法則とは、自分の犯した罪は自分に跳ね返って来るのです。

現世で沢山人を泣かした人は、来征で沢山の人に泣かされるように、又、折檻やむごい殺し方を

した人は、生まれ変わったときに折檻やむごい殺され方をするでしょう。

それが鏡の不思議な反映の法則なのです。

日本の宗派では(神道・仏教)輪廻転生を認めていますので、日本人の95.7%は信じています。

(※各宗派の全ての人が認めていると仮定して)

だからそのような法律になっているのだと思いますが・・・

 

消極的な延命と言うより、積極的な延命治療をしているので、国の医療費も膨れ上がっています。

これから高齢者は急増する見込みなので、ますます医療費負担は増えることは想像出来ますよね。

※(平成30年度は+2.3%上がっています。平成31年度は未だ発表されていません)

延命治療を本人が望むならそれで良いでしょうが、多くの国民は安楽死を希望するのではないでしょうか?

本人と家族が望むなら、安楽死を認めてあげても良いと思いますけどね。

私は、安楽死を法律で見直しても良いのでは?と思いますけどね〜・・・条件付きで。

(回復の見込みがないこと、本人の希望と家族の承諾。)

ヨーロッパの方達が言うように、延命治療は老人虐待かも知れませんね。

確かに息をしている親や、家族の命を安楽死させて下さいとは言えないでしょうが、自分ならどうする?

生き地獄と、安楽死のどちらを選びますか?と言うことです。

医療技術の発達した今、日本は世界一の長寿大国なので生かそうと思えばいくらでも心臓を動かすことも

出来るでしょう。それで100歳以上が○○人いるから世界一だと言われてもね〜・・・

延命治療をすることにより、家族に負担もかけるし、私なら迷わず安楽死を希望します。

延命治療の発達した今、神様も与えた寿命を全うしなさいとは言わないと思いますけどね。

国が安楽死を肯定すれば、困る病院もあるでしょうけど、国も随分医療負担が軽減されると思います。

その分を減税するとか、教育費を無料にするとかにすれば良いと思いますけどね〜・・・

ちなみに世界の教育レベルのトップ20は・・・下記のようになっています。

1. フィンランド
2. 韓国
3. 香港
4. 日本
5. シンガポール
6. イギリス
7. オランダ
8. ニュージーランド
9. スイス
10. カナダ
11. アイルランド
12. デンマーク
13. オーストラリア
14. ポーランド
15. ドイツ
16. ベルギー
17. アメリカ
18. ハンガリー
19. スロバキア
20. ロシア

・・・・・・・・・・・・・・・・・

せめて、アジアでは1位になってほしいですね〜・・・・

しかしアメリカやロシアがこんなに低いとは想定外でした。(笑)

 

ちなみに自分の国のために戦う心づもりがあると答えた日本人は11%だった。

.僖スタン:89%

▲ぅ鵐鼻75%

トルコ:73%

っ羚顱71%

ゥ蹈轡◆59%

κ胴顱44%

П儿顱27%

日本:11%

このような愛国心の全くなくなった数字を見たら、戦争経験者は嘆くでしょうね。

 

※私は尊厳死と言う言葉には、もっと別の含みがあるように思います。

例えば、武士としての責任を取って詰め腹(切腹)をするとか、国や家族の幸せを願って

死んでいった若き神風特攻隊なども尊厳死に値するのではと思います。

 

今だからこそ、安楽死の問題を再確認して国会で論議するべきだと思います。

今回も年寄りのぼやきでした。

 

では又・・・・管理人。

 


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マンション派?戸建て派?賢い選択は?

  • 2019.06.12 Wednesday
  • 11:16

※今回は本業の不動産のブログなのですが、趣味の気ままにブログ(神社仏閣)の方にも見て

貰いたく両方から見られるように書いてみました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

マンションと戸建住宅、将来的にどちらを勧めますか?と時々聞かれるときがあります。

高額な買い物を、30年〜40年の長期ローンを組んで人生の大部分をローンの支払いに悩まされ

ながら生活するので、衝動買いで後悔したくないから相談するのだと思います。

 

マンションと戸建ては、どちらが良いか?何十年も前から論議されてきた問題なのですが、

一口にこちらが良いですとは言えないのです。

何故なら、「良い」と言う意味には幾つもの含みがあるからです。

良い=高く売れる?=将来性?

良い=今現在快適に住めるか?子や孫のことまで考えると?

 

「マンション派」のメリット10ヶ条

仝鯆未諒慷な立地条件の良いところに建っている。

 だから、通勤や買い物、通院等が便利

▲札ュリティーがしっかりしているので、知らない人の訪問や、空き巣被害が少ない。

マンション管理がしっかりしているので、管理会社の清掃や定期的な改装で、一生快適に暮らせる。

ぐ豸遊てと違い、風水害や地震にも強くその心配が無い。

グ豸遊てと違い、鍵一つで安心して旅行に行ける。

高層階は特に、ハエ、蟻、蚊、などの虫や害虫がなくシロアリの心配も当然無い。

室内を模様替えするだけで、いつでも新築気分になれる。

Д丱襯灰法爾らは自分だけのプライベートな景色が見られる。

┘撻奪伐弔離泪鵐轡腑鵑發△蝓鍵一つで好きなペットと暮らせるので一人でもさみしくない。

隣近所との関わりや付き合いもしなくて良いし、誰にも干渉されないから気楽だ。

万一の給排水のトラブルは、管理会社がすぐに対処してくれるし電気や、電波障害の心配も無いので

 老人の一人暮らしも煩わしくない。

「戸建て派」のメリット10ヶ条

々い敷地に広い家、ぜーんぶ自分のもの。車も自分、家族、来客用と数台気兼ねなく置ける。

⊆匆馘地位、身分もあり、自分だけのお城のようなステータス気分が大事だ。

マンションも悪くはないが、毎月の管理費、修繕積立金、駐車場代、マンション組合費等

 一生家賃を払い続けるような感覚だから嫌だ。

つ蹐鵬屬箙イな木を植え、犬を飼い、敷地内で洗車も出来、全て自由だ。

ネЭ佑簔膣屬鮓討鵑如▲曄璽爛僉璽謄が出来る。庭でバーベキューも出来る。

γ羶潅呂料々しいところで住むより、空気の綺麗な郊外の方が落ち着いて帰ってきた気分になる。 

土地は自分のものだから、立て替えも増築も自由だ。

┰蚕蠅癲○番地の○○さんと呼ばれるのが良い。○○マンション○○号室などは嫌だ。

マンションは、土地もバルコニーも、玄関ドアも、通路も、間仕切りの壁も、全部共有部分

 になるが、戸建てはぜーんぶ全てが自分のもので、何をしようと自由だ。

高所恐怖症だからマンションの高い所は苦手だ、家は木の香りのするどっしりした家が落ち着く

 マンションには2世帯住居もないし、4LDKより広いのはほぼない。自分は8LDKがほしい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

大体のメリットとデメリットを書いてみましたが・・・

それでも貴方は○○を選びますか?

戸建て派とマンション派の両方のこだわり意見を聞いてみましたが・・・

大体、戸建て派の方は、我が家としてのステータス主義の方が多く、マンション派の方は、

合理主義者の方が多いように思います。

 

では賢い選択は?と聞かれた場合・・・・

まず土地について・・

戸建て派の方は、30年後、40年後の土地価格が気になると思います。

マンション派の方は土地を所有していると言う意識はなく(15万分の1650とか言ってもピンと来ません)

30年後、40年後の建物価格は気になっても、土地価格を気にする人はいないでしょう。

土地の価格は何かと比例して、高くなったり安くなったりするのです。

その何かとは・・・人口密度なのです。

今、日本の人口は確実に減少しています。

日本の人口は2004年の12,784万人をピークに長期的に急減するでしょう。

100年後は3,770万人と予想され、それ以降も未だ減少しそうな統計があります。

長期的には2019年の現在は天井から少し落ちたところにあり、これからジェットコースターのように

真っ逆さまに急落する可能性があります。

 

急落と言っても100年掛かるので、現在生きている人間は全て、今日オギャーと生まれた子も100年後

は白骨になっているでしょうけど(笑)

土地価格は長期のスパンで考えると、上がったり下がったりしながら徐々に下がっていくと思います。

でも人口が減ると、人間の集団本能として人のたくさん集まる所に人は、皆集まってくるのです。

地方はますます過疎化され、首都園の一極集中が予想されます。

 

土地価格は、人口密度に比例され地方は徐々に下がるでしょうが、首都園は人口密度が上がり

現在より高くなる可能性も想像できます。

 

現在は地方に至っても、銀行が安い金利でお金を貸してくれるので現在建築ブームです。

新築住宅の着工数の推移も、高水準を保っています。

しかし残念ながら、長期新築住宅着工件数は減少の予想です。

原因は当然人口の減少と高耐久建築戸数よりも、世帯数が圧倒的に少なくなるからです。

現在の日本の世帯数は約4,997万世帯でそれに対し戸数は6,555万戸です(現在建築中を含め)

差し引くと1,558万戸も空き家があることになります。

これから先、人口減に伴いますます空家が増えると見込まれます。

・・・・・・・・・・・・・

しかし、造成業者はどんどん宅地を増やし続けます。何故なら造成業者が仕事を止めれば会社

は潰れるからです。

使わない農地や山林をどんどん宅地に造成して、人口減に対して宅地は増加する見込み。

当然宅地価格は下がると予想できます。(※人口密度の増加する首都園は例外)

マンション業者同じで、マンション建築を止めれば即、会社は潰れるからです。

建築業者も同じで建築を止めれば、生活できなくなります。

解体業者もしかり、銀行も借主がいる限り今のうちにどんどん貸しておこう。

建築関係業者は皆、将来的に仕事が減少することを知っているはずです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

土地は長期スパンで想像すると、値下がりすると予想できるのですが、建築費はどうでしょうか?

現在建築費は、人件費や材料の値上がり、強度の強い高耐久建築が進み建築費用は増加中です。

 

土地価格は値下がりしても建築費は上昇すると予想できます。

昔の木造建築の耐用年数は20〜25年でしたが、現在は耐震や高耐久が進み50年以上〜100年ほど迄

耐用年数が延びています。

古い家は消滅するかも知れませんが、最近の建築物は長期にわたって使用できます。

マンションにおいては少なくとも100年以上は大丈夫でしょう。

戦後の日本は、焼け野原から立ち上がったので、マンションや鉄筋コンクリートの建造物も70年

以上はなく証明出来ないのですが、アメリカなどは築200年のマンションとかいっぱいあるようですね。

(日本には世界最古の木造建築物があります。※法隆寺1,300年)

・・・・・・・・・・・・・・・・

以上のことを全部納得した上で、決断をするのならマンションでも戸建てでも良いと思います。

人それぞれ好みですから・・・・

ただ一言忠告するとすれば、物件を買うな!環境を買いなさい!と言いたいです。

動かない不動産ですから、物件が安いからとか、学校が近い、○○さんが近くだからではなく・・・

後悔しない買い方は、物件を買うより環境を重視して買った人が後悔してないようです。

私は何かを決断しようとするときは、「天・地・人」を重視します。

「天の時」

時期を考える・・いまその時期なのか?その時期は間違ってないのか?後悔はしないのか?

 

「地の利」

場所を考える・・その場所に「利」があるのか?その場所が最適か?後悔はしないのか?

 

「人の和」

人を考える・・仲間や家族や近隣住民等が「和」の心で迎えてくれるのか?そこに和があるのか?

 

このように考えて、決断した結果には何があろうと後悔はないと思うのです。

後は、人に必要とされるように努力するだけで、自然と幸せが舞い込んでくると思いますよ(笑)

 

では又・・・・管理人。


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鏡の不思議な法則

  • 2019.06.05 Wednesday
  • 11:56

神社に参拝に行くと、ほとんどの神社に鏡が置かれています。又、家の神棚にも鏡を置きますね。

又、皇位継承の儀式には三種の神器の一つとして八咫鏡があります。
三種の神器の説については各専門家と称する学者達が色々と説を揚げていますが、今だどの説が

有力かは明らかにされていません。
私は、日ユ同祖論(日本人とユダヤ人※古代イスラエル人は同じ先祖)であるを信じていますので、

三種の神器は古代イスラエルと同一ではないのか?と言う疑問を常に持っています。
古代イスラエルの三種の神器とは(.泪覆淋筬⊇讐を記した光る石版アロンの杖)なのです。

三種の神器について、少し説明します。

〔勾玉〕

勾玉は、胎児の形、陰陽の形とも言われますが、タロットカードにも使われる。ヘブライ語の10番目

の文字でありヨッドと読みます。形が勾玉とよく似ていますよね。

ヨッドの意味は、ヘブライ語(古代ユダヤ語・イスラエル語)で

恩寵と云う意味なのです。

恩寵(おんちょう)とは、めぐみいつくしむこと、神の手、神の恵み

と言う意味です。

※勾玉には色々な説がありますが、私はこちらの説の方が好き

ですね。勾玉は、浦島太郎伝説に出てくる、玉手箱の中に入って

いる物なのです。源平合戦の折、三種の神器もろとも海に沈下し

たそうですが、玉手箱は桐箱だったので、後でプカプカと浮かび

上がって来たので、源氏武者が手に入れて事なきを得た。

が、箱を開いた武者は血ヘドを吐いて悶絶したという記録が残っ

ています。

玉手箱に入っている本物の勾玉は宮内庁にあるそうで、以前

冷泉天皇が中を覗こうと紫の紐を外し開けようとしたところ、

白い煙が出てきたので怖くなって、慌ててすぐ閉めたと言う

記録も残っています。

乙姫様は浦島太郎に、この玉手箱は絶対に開けないでください。と云って渡したそうですが、

何故開けてはならないものを手みやげに渡したのでしょうね?

以前から疑問に思っていました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日本と、イスラエル三種の神器がよく似ていると思いませんか?

勾玉=マナの壺・・・恩寵(おんちょう)神の恵み。

八咫鏡=契約の石版・・・同じく光る=神の宿る御神体(神は光)

草薙の剣=アロンの杖・・・剣?杖?両者とも木の枝のようにも見えます。

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草薙の剣=天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)天や雷を起こす不思議な剣。

アロンの杖=モーゼの兄アロンが使っていた不思議な杖で、モーゼがエジプトからユダヤ人

脱出の際に杖を掲げると海が割れ道を開き、追ってきたエジプトの軍隊を海に飲み込んだ杖

と同じものとされる。

マナの壺と大阪初の世界遺産となった仁天皇陵。よく似ていますよね・・・・

そして映画十戒にも出てきた神から十戒を授かった光る石版。

イスラエルから、アブラハムの子孫12支族の内10支族が、神の使者モーゼと一緒に東へ

東へと意味もなく大移動している時に仲間割れをし、モーゼがシナイ山に登って神の指示

と十戒の石版を貰い山から下りてくると、仲間割れをしておりモーゼが怒りその石版を投

げつけるのでしたね・・・このシーンはビデオで何度も見ました(笑)

その光る石版を光が漏れないように、布で包み木の箱に入れて数人で担ぎ、神の指示に

従い東へ東へと移動するのです。その東の果てが日本なのです。(御神輿のルーツ)

御神輿を担ぐと言う風習は中央アジアルートしかなく、他の場所にはないと思います。

だから世界中で一番ユダヤ人※古代イスラエル人が多く集まっているのが日本なのです。

(日ユ同祖論)

ラッパを吹き、賑やかに楽しく「ワッショイ、ワッショイ」とかけ声を掛けながら・・・

「ワッショイ」とはユダヤ語※ヘブライ語で神様が来たぞ〜・・・

このようにイスラエルからはるばる日本までやって来たのです。

神の光る石版が日本に来た?光る石版とは鏡?八咫鏡は石版のレプリカではでないのかな?

八咫鏡は神の光る石版をモチーフにしたレプリカだと思うのです。

出エジプト記では、モーセが神に主のお名前は?と聞いたとき「エフイェ・アシェル・エフイェ」

と言ったそうです。意味は・・「私は、(わたしはある)という者である」

伊勢神宮に天照大神の御神体として祀られている八咫鏡の裏にはヘブライ文字で

「エイエ・エシェル・エイエ」と「我は在て在るものなり」という字が刻まれている。

(全く同じですよね)

(八咫鏡の裏にはヘブライ語で「エフイェ・アシェル・エフイェ」と書かれている。

 

本物の光る石版は、徳島県の剣山(鶴亀山)に隠されてるような気がするのですが・・・

剣山は人工の山として有名です。四国の八十八ヶ所封印巡りの中心でも有るし、かごめ唄

にも鶴と亀がすべ〜った、うしろの正面だ〜れ?

剣山山頂には、大きな宝蔵石がドカンと乗っかっており、その石の上にはスサノオが乗っかって

出てこないように封印しているようにも思える。

ヘブライ語で八(ヤ−)は神の意味、八八は神に神を重ねる意味なのです。

弘法大師は剣山(鶴亀山)の周り八八カ所を封印した。そして自分の死後も永遠に信者が封印して

廻るように図ったもの。(かごめ唄も、かごめ踊りも弘法大師が教えたもの)

近い将来その封印も解けるでしょう。弘法大師もその日を知っているはずです。

その日の出来事を唄と、踊りにして伝えているのが「かごめ、かごめ」の唄なのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

かごめ唄については、以前も少し書きましたので、良かったら見て下さい↓

http://kimama.komatsu-j.info/?eid=408

話がだいぶそれましたので、そろそろ本題に入ります。

鏡の不思議な力を知ってますか?

何処の家にも鏡があり、誰もが日に何回も自分の顔を見たり、女性には鏡がなくてはならない

必需品で、又、至る所に鏡があります。神棚や、車のバックミラー、姿見等、沢山ありますね。

又、鏡は映すだけではなく、光を跳ね返す力も持っており、沢山の鏡で太陽の光を一点に集め

れば、高温で発火するのです。

童話白雪姫では、女王が魔法の鏡に「鏡よ鏡世界で一番美しいものは誰?」鏡はいつもならそれは

女王様ですと答えるのだが、その日に限って「それは白雪姫です」と答えた。

それを聞いた女王は、白雪姫を殺そうと決意するお話でしたね。

昔から鏡には不思議な力があると言われ卑弥呼や、楊貴妃、クレオパトラも鏡の魔力に虜になった

と言われてます。

昔から拾った鏡は使うなとか、手鏡はうつむけて置きなさい、姿見は使わないときは布を掛ける

合わせ鏡は不吉でダメ(深夜2時ちょうどに合わせ鏡を覗くと、無数に映る鏡の中の何処かに

未来の自分の姿が映るとか、合わせ鏡をすると悪魔がやってくるとか)

鏡は黄泉の国と通じやすく、暗闇で姿を映すと黄泉に引き込まれると言い伝えがあったりも・・

そして、自分が鏡に映る状態で眠ると、大変疲れるそうです。

鏡に向かって「お前は誰だ」と問い続けると、徐々に頭がおかしくなり、最後は発狂するとか・・。

鏡には、科学では解明できない不思議な念力パワーと、そしてその使い方にルールがあるようです。

浄玻璃鏡(じょうはりきょう)とは、閻魔が亡者を裁くとき、善悪の見きわめに使用する

地獄に存在するとされる鏡である。

閻魔王庁に置かれており、この鏡には亡者の生前の一挙手一投足が映し出されるため、いかなる

隠し事もできない。おもに亡者が生前に犯した罪の様子がはっきりと映し出される。

もしこれで嘘をついていることが判明した場合、舌を抜かれてしまうという。

また、これで映し出されるのは亡者自身の人生のみならず、その人生が他人にどんな影響を及ぼ

したか、またその者のことを他人がどんな風に考えていたか、といったことまでがわかるともいう。

また、浄玻璃鏡は水晶製であるとも言われている。

一説によればこの鏡は亡者を罰するためではなく、亡者に自分の罪を見せることで反省を促す

ためのものともいわれている。

 

風水では鏡の持つ不思議なパワーを利用して、置き場所を指定したり、絶対置いてはいけない

場所を特定したり、鏡をアイテムとして上手に活用しています。

 

新年のお正月には鏡餅をお供えしますよね。

何故「カガミ」餅と言うのか?と、昔調べたことがあります。

意味はやはり、三種の神器のイメージで、八咫鏡と上のだいだいは勾玉のようです。

では草薙の剣は?

串柿=干し柿を刀と見立てて飾るそうです。高知では見たことが無いですが他県ではあるようです。

このような形ですね。

串柿は10個とされているようです。

何故お餅を2段重ねにするのか?・・・・

普通は2段重ねなのですが、地域によっては3段重ねもあるようです。

そもそも、鏡餅とは神様に捧げるものであり、神様と人間とつなぐものなのです。

幸せを重ねる、歳を重ねる。と、したものらしいです。

私は、お正月に縁起の良い白蛇がドクロを巻いているように感じていたのですが・・

そして鏡餅は、包丁で切ってはだめで、割る(運を開く)として、割ってお雑煮や

ぜんざいに使ったら良いと習いました。

鏡を使う文字では、眼鏡、望遠鏡というのもありますね。ここで何故「鏡」の字を使う?

私これも不思議でした。(笑)

カガミは、最初金属を用いて作ったので(かねへん)になり映った姿を立って見たこと

から「鏡」の文字になり、「かがみ」を「鏡」「鑑」の文字で表したが、「鑑」には

「よく見る」意が派生した。(現在でも「鑑定」「鑑識」などと使いますよね。)

そして鏡は映すもの、反映することから・・・お手本の意味でも使われます。

武士の鑑・・医者の鏡・・先生の鏡・・等と、お手本になる人を○○の鏡と言いますね。

私は不動産屋の鏡とよく言われます(約1名ですが:笑)

冗談はさておき、鏡とは映す、反射する、光る、輝く、魂が宿る、不思議な法則が

あるように思います。

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最後に、以前も紹介しましたが・・・・

野口嘉則氏の出版した「鏡の法則」と言う本がありますので紹介します。

私もこの本を読んで、鏡にはこんな不思議なこともあるんだな〜と感動しました。

素晴らしい本です。原文全てをコピーして貼り付けましたが、5分くらいで読める

本ですので未だ見てない方は、是非読んでほしいです。実話の話です。

 

〔鏡の法則〕野口嘉則著

(この話は実話にもとづいていますが、登場人物の名前や職業などを変えています)


今年41 歳になる、主婦の秋山A子(えいこ)には悩みがあった。
小学校5年生になる息子のU太(ゆうた)が、学校でいじめられるのだ。


いじめられると言っても、暴力まではふるわれないらしい。
友達から仲間はずれにされたり、
何かあると悪者扱いされたりすることが多いようだ。


「いじめられているわけじゃない」と言い張っているが、
U太を見ていると寂しそうなので、A子は胸が痛むのだ。
U太は野球が好きなのだが、友達から野球に誘ってもらえないので、
学校から帰って来たらひとりで公園に行って、壁とキャッチボールをしている。


2年くらい前には、U太が友達といっしょに野球をしていた時期もあった。


当時のことだが、A子が買い物の帰りに小学校の横を通りかかったときに、
グランドでU太が友達と野球をしていた。
U太がエラーをしたらしく、周りからひどく責められていた。


チームメイト達は、容赦なく大きな声でU太を責めた。
「お前、運動神経がにぶ過ぎだぞ!」
「お前のせいで3点も取られたじゃないか!」
「負けたらお前のせいだぞ!」


A子は思った。
たしかにU太の運動能力は高くない。
でも、U太にはU太のいいところがある。
とても心が優しい子なのに……。


A子は、U太のいいところが認められていないことが悔しかった。
そして、ひどいことを言うチームメイト達に対して、
自分の息子が笑顔で謝っているのを見るのがつらかった。

 

その後まもなく、U太は野球に誘われなくなった。
「お前はチームの足を引っぱるから誘わん」と言われたらしい。


U太にとっては、野球に誘ってもらえないことが一番つらいようだ。
A子へのやつ当たりが目立って増えたことからも、それがわかる。


しかしU太は、つらさや寂しさを、決して話してはくれなかった。
A子にとって一番つらいのは、U太が心を開いてくれないことだった。
「僕は平気だ」と言い張るばかりなのだ。


友達との上手な関わり方をA子が教えようと試みても、
「うるさいな! ほっといてよ」と言う。
「転校しようか?」と持ちかけたときは、
「そんなことをしたら、一生うらむよ!」と言い返してきた。


A子は息子の状況に対して、自分が何もしてやれないことが情けなく、
無力感に陥っていた。


ある日、学校から帰宅して公園に行ったばかりのU太が、
不機嫌な顔で帰ってきた。


「何があったの?」と聞いても、
「何もない」と言って教えてくれない。


真相は一本の電話で明らかになった。
その夜、親しくしている近所の奥さんから電話がかかってきたのだ。


「A子さん、U太君から何か聞いてる?」


「えっ? いいえ」


「今日、公園でうちの下の子どもをブランコに乗せていたのよ。
U太君は、いつものように壁にボールを投げて遊び始めたわ。
するとね、U太君のクラスメイトらしい子達が7、8人くらいやって来てね、

 

『ドッジボールするからじゃまだ!』ってU太君に言うのよ。
しかも、その中のひとりがボールをU太君にぶつけたのよ。
U太君、すぐに帰っていったわ。
私としては、その場で何もできなくて申し訳なかったと思ってね」


A子は愕然とした。
「そんなことを私に黙っていたなんて……」


そんなつらい思いをしていながら、
自分に何も言ってくれないことが悲しかった。


その日は、あらためてU太から聞き出そうという気力も、
湧いてこなかった。


翌日、A子はある人に電話をかけることを決意した。
その人とは、夫の先輩に当たるY氏だ。


A子は、Y氏とは話したこともないのだが、
1週間前に夫からY氏の名刺を渡された。
Y氏は、夫が高校時代に通っていた剣道道場の先輩である。


夫も20 年くらい会っていなかったらしいが、
夫が最近街を歩いていたら、
たまたまばったりと出会ったということだった。
久々の再会に盛り上がって喫茶店に入り、2時間も話したらしい。


Y氏は、今は経営コンサルタントを仕事にしているそうだ。
夫の話では、Y氏は心理学にもくわしく、
企業や個人の問題解決を得意としているとのこと。


そこで夫がU太のことを少し話したら、
「もしかしたらお役に立てるかもしれないよ」と言って
名刺を渡してくれたそうだ。


その日、夫は、


「お前のほうから直接電話してみろよ。話を通しておいてやったから」と、
その名刺を渡してきた。


「どうして私が、そんな知らない人にまで相談しなきゃいけないの。
あなたが直接相談したらいいじゃない」


「俺が心配なのは、お前のほうだ。
U太のことで、ずっと悩み続けてるじゃないか。
だから、そのことをYさんに話したんだ」


「私に問題があるっていうの? 私が悩むのは当然よ、親なんだから!
あなたは一日中トラックに乗ってりゃいいんだから気楽よね。
実際にU太を育ててるのは私なんだからね。
あなたはいっしょに悩んでもくれない。
私はその人になんか相談しないわ。
どうせその人も、子育てのことは何もわからないに決まってるわ」
そう言ってA子は、その名刺をテーブルの上に投げた。


それから1週間が経ち、A子はすっかり落ち込み、
わらにもすがるような気持ちになっていた。
近所の奥さんから昨日聞いた話のためである。


こんなつらい思いをするのはイヤ、誰でもいいから助けてほしい。
そう思ったときに、Y氏のことを思い出したのだ。
幸い名刺はすぐに見つかった。


U太が学校に行って1時間くらい経ったころ、
意を決してY氏に電話をかけた。
そのときA子は、その日に起きる驚くべき出来事を、
想像だにしていなかった。


受付の女性が出て、Y氏に取り次いでくれた。
A子は自分の名前を告げたものの、
電話に出てきたY氏の声が明るかったので、


こんな悩み事を相談してもいいのだろうかという気持ちになった。


次の言葉がなかなか見つからなかったのだが、
Y氏のほうから声をかけてきてくれた。
「もしかして秋山君の奥さんですか?」


「はい、そうなんです」


「あー、そうでしたか。はじめまして」


「あのー、主人から何か聞かれていますか?」


「はい。少し聞きました。
なんでも息子さんのことで悩んでいらっしゃるとか」


「相談に乗っていただいていいのでしょうか?」


「今1時間くらいなら時間がありますので、
よかったらこの電話で話を聞かせてください」


A子は、U太がいじめられたり、仲間はずれにされていることを簡単に話した。
そして、前日にあった出来事も。


ひととおり聞いて、Y氏は口を開いた。
「それはつらい思いをされていますね。
親として、こんなにつらいことはないですよね」


その一言を聞いて、A子の目から涙があふれてきた。


A子が泣き始めたのに気づいたY氏は、
A子が落ち着くのを待ってから続けた。
「この問題をなんとかしたいですよね。
いくつか質問させてくださいね。
なんとかするための糸口が見つかるかもしれません」


「なんとかするための糸口が見つかるかもしれない」という言葉が
A子は信じられなかった。
自分が何年も悩んで解決できないことだったからだ。
しかし、その言葉が本当であってほしいと願う気持ちもあった。


「どんなことでも質問してください。
もしもなんとかできるなら、どんなことでも話します」


「では、いきなり不躾な質問で申し訳ないのですが、
もしかしたらあなたは、誰か身近な人を責めていませんか?」


「えっ? どういうことですか?」


「話が飛躍しすぎていますよね。
まず理論的なことをじっくり説明してから話せばいいんでしょうけど、
それをすると何時間もかかってしまうし、
あいにく私もそこまでは時間がないのです。
ですので、とりあえず私の仮説をお話ししますね。
あなたが大事なお子さんを人から責められて悩んでいらっしゃるのは、
あなたが、誰か感謝すべき人に感謝せずに、その人を責めているからではないか
と思ったのです」


「子どもがいじめられるということと、私の個人的なことが、
なぜ関係があるのですか?
何か宗教じみた話にも聞こえますけど……」


「そう思われるのも、無理もないです。
私の仮説のベースにある法則は昔から言われてきたことでもあるのですが、
学校で教わったりはしないですからね」


「その話をもっと教えてください」


「『現実に起きる出来事は一つの結果であり、その原因は心の中にある』
という考え方があるんです。
『私たちの人生の現実は、私たちの心を映し出す鏡である』と考えてもらうと
いいと思います。

私たちの心のあり様が、人生という鏡に映し出されるのです。
そして私たちは、鏡を見ることで、
『あっ、髪型がくずれている』とか『今日は私、顔色が悪いな』って
気づいたりするわけです。
逆に鏡がないと、自分の姿に気づくことができないですよね。
人生という鏡のおかげで、私たちは自分の姿に気づき、
自分を変えるきっかけをつかむことができるわけです」


「私の悩みが、私の心を映し出したものだとしたら、
私の心の何が映し出されているのでしょうか?」


「単純に『これだ』と特定することは難しいのですが、
あなたの人生に起きているのは、
『自分の大切な子どもが人から責められ、そのことで自分が悩んでいる』
ということですよね。
これが結果だとしたら、考えられる原因の一つとして、
もしかしたらあなたが、大切にする必要がある人を、
責めてしまっているのではないかと思ったのです。
感謝する必要がある人、それも身近な人をあなたが心の中で責めていて、
それが人生という鏡に映し出された結果、
あなたは大切な子どもを責められて悩むことになったのではないか。
こんな仮説を立ててみたのです。
見当はずれだったら申し訳ありません。
いかがでしょうか?
たとえば、一番身近なご主人に対してはどうですか?」


「主人には感謝しています。
トラックの運転手として働いてくれているおかげで、
家族が食べていけているのですから」


「それは何よりです。では、ご主人を尊敬しておられますか?」


A子は、「尊敬」という言葉を聞いたときに、ギクッとした。
A子は、日ごろから夫のことを、
どこか軽蔑しているところがあったからだ。
 

A子から見て、楽観的な性格の夫は、「思慮の浅い人」に見えた。
また、「教養のない人」にも見えた。


A子は四年制の大学を卒業しているが、夫は高卒である。
また、それだけではなく、夫は言葉ががさつで、
本も週刊誌くらいしか読まない。


読書が趣味のA子としては、
U太に、「夫のようになってほしくない」という思いがあったのだ。


A子は、そのこともY氏に話した。


「『人間の価値は、教養や知識や思慮深さで決まる』という考えを
お持ちですか?」


「いえ、決してそんなふうには思いません。
人それぞれ強みや持ち味があると思います」


「では、なぜご主人に対して、『教養がない』ことを理由に
軽蔑してしまうのでしょうね」


「私の中に矛盾がありますね」


「ご主人との関係は、どうなんですか?」


「主人の言動には、よく腹が立ちます。喧嘩になることもあります」


「U太君の件で、ご主人とはどうですか?」


「私はU太がいじめられていることについて、
いつもグチっぽく主人に言っています。
ただ、主人の意見やアドバイスは受け入れられないので、
主人にちゃんと相談したことはありません。
おそらく、私にとって主人は、
一番受け入れられないタイプなんだと思います」

「なるほど。もうひとつ根本的な原因があるのかもしれません。
だとしたら、ご主人を受け入れるより先に、
そっちに取り組む必要があります」


「根本的な原因ですか?」


「はい、あなたがご主人を受け入れることができない根本的な原因を
探ってみたいと思います。
ちょっと伺いますが、ご自分のお父様に感謝しておられますか?」


「えっ? 父ですか? そりゃもちろん感謝してますが……」


「もしかして、お父様に対して『ゆるせない』という思いを、
心のどこかに持っていませんか?」


A子は、この「ゆるせない」という言葉にひっかかった。
たしかに、自分は父をゆるしていないかもしれない。そう思った。


親として育ててくれたことに感謝しているつもりであったが、
父のことは好きになれなかった。


結婚して以降も、毎年の盆・正月は、実家に顔を見せに家族で帰っている。
しかし、父とは、ほとんどあいさつ程度の会話しかしていない。


思えば、高校生のころから、
父とは他人行儀な付き合いしかしてこなかった。


「父をゆるしていないと思います。父をゆるすことはできないです」


「お父様をゆるすことはできないのですね。
きっといろいろあったのでしょうね。
ところで、お父様に関してやってみていただきたいことがあるのです。
やってみますか?」

「父のことや主人のことが、本当に私の悩みと関係があるのですか?」


「今は仮説の段階ですから何とも言えませんが、
その仮説を検証するうえで、
よかったらやってみていただきたいことがあるのです」


「わかりました。何をやったらいいか教えてください」


「では、今から教えることをまずやってみてください。
お父様に対する『ゆるせない』という気持ちを存分に紙に書きなぐってください。
怒りをぶつけるような文章でもけっこうです。
『バカヤロー』とか『コノヤロー』とか『大嫌い!』とか、
そんな言葉もOKです。
恨みつらみもすべて言葉にして、容赦なく紙にぶつけてください。
具体的な出来事を思い出したら、その出来事も書いて、
『そのとき、私はこんな気持ちだったんだ』ってことも書いてみてください。
気がすむまでやることです。
やり終えたら、また電話をください」


A子にとって、そのことが、
U太の問題の解決に役立つのかどうかは疑問だった。


しかし、それを疑って何もしないよりも、
可能性があるならやってみようと思った。


A子は、
「今の悩みをなんとかできるなら、どんなことでもしよう」
と思っていた。


それに、Y氏の話には、
根拠はわからないが、不思議な説得力を感じた。


A子は電話をきると、レポート用紙を持ってきて、
父に対する思いを、思いつくままに書き始めた。

自分が子どものころは、なにかと口やかましい父だった。
夕食が説教の時間になることも多かった。
また、子ども達が自分の思い通りにならないと、すぐに大声で怒鳴りつける、
そんな父だった。
お父さんは私の気持ちなんか全然興味ないんだ、
と思うことも少なくなかった。


お酒を飲んだときに、仕事のグチを言うところもイヤだった。
また、建設会社で現場監督をしていた父は、
砂や土で汚れた仕事着で帰って来て、そのまま食事をすることが多かったが、
それもイヤだった。


A子は、父に対しての気持ちを文章にしていった。
気がついたら、父に対して
「人でなし!」とか「あんたに親の資格なんかない!」など、
かなり過激な言葉もたくさん書いていた。


ある出来事も思い出した。
自分が高校生のころ、
クラスメイトの男の子と日曜日にデートをしたことがあったが、
その男の子と歩いているところを、たまたま父に目撃され、
後で問いただされて説教された。


両親には、「女の子の友達と遊ぶ」と嘘をついていたのだが、
父はその嘘がゆるせないようだった。


そのときの父の言葉は、今も覚えている。
「親に嘘をつくくらい後ろめたい付き合い方をしているのか!
お前は、ろくな女にはならん!」


思い出していると怒りがさらに込み上げてきた。それも文章にした。
「お父さんがそんな性格だから、嘘もつきたくなるんでしょ!
自分に原因があることがわからないの?
それに『ろくな女にならない』って、なんてひどい言葉なの。
私がどのくらい傷ついたか知らないんでしょう!

あんたこそ、ろくな親じゃない!
あれから私は、お父さんに心を開かなくなったのよ。
自業自得よ!」


やがて悲しさやつらさがA子の心を占めるようになった。
それらの気持ちを書き出している間、涙が止まらなかった。


気がついたら、正午を回っていた。
書き始めて2時間近く経っていた。


十数枚のレポート用紙に、父に対する感情を吐き出した。
容赦なく書いたせいか、それとも、思いきり泣いたせいか、
気持ちがずいぶん軽くなっていた。


A子は、午後1時を回ったところで、Y氏に電話をした。


「ご自分の気持ちを書き出しましたか?」


「はい、気持ちを出しきりました。たくさん泣いてスッキリしました」


「なかなか大変だったでしょう。
次のステップは、お父様をゆるすための作業です。
お父様をゆるすことはできないとおっしゃっていたので、
無理にされない方がいいかもしれませんが、いかがですか?」


「やってみたいです。
もしも父のことをゆるせるものなら、ゆるして楽になりたいです」


「では、やってみましょう。
お父様をゆるすのは、他でもない、あなた自身の自由のためにゆるすんです。
紙を用意してください。
そして、上の方に『父に感謝できること』というタイトルを書いてください。
さて、お父様に対して感謝できることは、どんなことがありますか?」


「それは、まず、働いて養ってくれたことですね。

父が働いて稼いでくれたおかげで、家族も食べていけたわけですし、
私も育ててもらえたわけですから」


「それを紙に書き留めてください。他にもありますか?」


「そうですね……、
私が小学生のころ、よく公園に連れていって遊んでくれましたね」


「それも書き留めておいてください。他には?」


「それくらいでしょうか」


「では、別の紙を用意して
『父に謝りたいこと』というタイトルを書いてください。
さて、お父様に謝りたいことは、何かありますか?」


「特に浮かびませんが、あえて言えば、
心の中で反発し続けたことでしょうか。
ただ、それを心から謝りたいという気持ちにはなれません」


「実感がともなわなくても大丈夫です。
とりあえず、今おっしゃったことを書き留めてください」


「書き留めました」


「今からあなたにある提案をしようと思っています。
普通なら、この段階でそんな提案をすることはあまりないのですが、
あなたの場合、それをやってみてもいいと思ったのです。
ですが、抵抗を強く感じられるなら無理をせず、他の方法を考えましょう。
もしも実行されるなら、あなたの人生で、
一番勇気を使うことになるかもしれません」


「勇気ですか? 何をすればいいのでしょうか?」


「私の提案は、今からお父様に電話をかけて、
感謝の言葉と謝る言葉を伝えるというものです。

実感が湧いてこなかったら、用意した言葉を伝えるだけでもOKです。
『父に感謝できること』と『父に謝りたいこと』の2つの紙に書き留めたことを、
読んで伝えるだけです。
伝えたら、すぐに電話をきってもらってかまいません。
やってみますか?」


「うーん……たしかに、今までの人生で使ったことがないくらい、
勇気を使わないとできませんね。
でも、これが私の悩みの解決に役立つかもしれないなら、
それだけの勇気を使う価値はあるんだと思います。
だけど、難しいですね……」


「ご自分の気持ちと相談して、もしもできそうでしたらやってみてください。
そして実行された場合は、その時点で一度ご連絡ください。
それでは私は次の予定がありますので、このあたりで失礼します」


A子にとって救いなのは、
「用意した文章を読むだけでもいい」ということだった。


「謝る」ということについては、気持ちがともなわない。
「悪いのは父親のほうだ」という思いがあるから、
自分が謝るのは筋違いだと思う。


だけど、書き留めた文章を棒読みするくらいならできそうだ。
それならば、やってみたほうがいいに決まっていると思えた。


A子は「電話をかけよう」という気になってきた。
そして、電話をかけようとしている自分が不思議だった。


こんなきっかけでもなかったら、
A子が父親と電話で話すということは、一生なかったかもしれない。


結婚して間もないころは、実家に電話をして父が電話に出たときは、
すぐさま「私だけど、お母さんにかわって」と言っていた。

しかし今は、「私だけど」と言っただけで、
父の「おーい、A子から電話だぞ」と母を呼ぶ声がする。
父も、A子から自分に用事があるはずがないということをわかっているのだ。
しかし、今日は電話で父と話すのだ。


躊躇していたらますます電話をかけにくくなる、と思ったA子は、
意を決して電話をかけた。


電話に出たのは、母だった。


「私だけど」


「あら、A子じゃない。元気にしてる?」


「うん、まあね。……ねえ、お母さん、お父さんいる?」


「えっ? お父さん? あなたお父さんに用なの?」


「う、うん。ちょっとね」


「まあ、それは珍しいことね。ねえ、お父さんに何の用なの?」


「えっ? えーと、ちょっと変な話なんだけど、
説明するとややこしいから、お父さんにかわってくれる?」


「わかった、ちょっと待ってね」


父が出てくるまでの数秒間、A子の緊張は極度に高まった。


ずっと父のことを嫌ってきた。父に心を開くことを拒んできた。
その父に感謝の言葉を伝えて謝るなんて、普通に考えてできっこない。


しかし、U太のことで悩みぬいたA子にとって、
その悩みが深刻であるがゆえに、
普通だったらできそうにない行動を取っているのだった。

もしも、その悩みを何とかできる可能性があるなら、
わらにもすがりたいし、どんなことでもする。


その思いが、A子を今回の行動に向かわせたのだ。


父が電話に出た。
「な、なんだ? わしに用事か?」

 

A子は、自分では何を言っているかわからないくらい、
パニック状態になりながら話し始めた。


「あっ、あのー、私、今まで言わなかったんだけど、
言っといたほうがいいかなーと思って電話したんだけど、
……えーと、お父さん、現場の仕事けっこう大変だったと思うのよ。
お父さんが頑張って働いてくれて、私も育ててもらったわけだし。
あのー、私が子どものころ、公園とかも連れて行ってくれたじゃない。
なんて言うか、ありがたいって言うか、
感謝みたいなこと言ったことないと思うのよ。
それで、一度ちゃんと言っておきたいなと思って……。
それから私、心の中で、けっこうお父さんに反発してたし、
それも謝りたいなと思ったの」


ちゃんと「ありがとう」とは言えなかったし、
「ごめんなさい」とも言えなかった。
だけど、言うべきことは一応伝えた。


父の言葉を聞いたら、早く電話をきろう。そう思った。
しかし、父から言葉が返ってこない。


何か一言でも言ってくれないと電話がきれないじゃない、
と思ったときに、受話器から聞こえてきたのは、母の声だった。


「A子! あなた、お父さんに何を言ったの?」

 

「えっ?」

 

「何かひどいこと言ったんでしょ!
お父さん、泣き崩れているじゃないの!」


受話器から、父が嗚咽する声が聞こえてきた。


A子はショックで呆然とした。


生まれて以来、父が泣く声を一度も聞いたことはなかった。
父はそんな強い存在だった。


その父のむせび泣く声が聞こえてくる。


自分が形ばかりの感謝を伝えたことで、
あの強かった父が嗚咽しているのだ。
父が泣く声を聞いていて、A子の目からも涙があふれてきた。


父は私のことをもっともっと愛したかったんだ。
親子らしい会話もたくさんしたかったに違いない。


だけど、私はずっと、父の愛を拒否してきた。
父は寂しかったんだ。


仕事でどんなにつらいことがあっても耐えていた強い父が、
今、泣き崩れている。


娘に愛が伝わらなかったことが、
そんなにもつらいことだったんだ。


A子の涙も嗚咽へと変わっていった。


しばらくして、また母の声。
「A子! もう落ち着いた? 説明してくれる?」


「お母さん、もう一度お父さんにかわってほしいの」


父が電話に出た。涙で声が震えているようだ。

 

「A子、すまなかった。わしは、いい父親じゃなかった。
お前にはずいぶんイヤな思いをさせた。ううっ……」
ふたたび嗚咽が聞こえてきた。


「お父さん。ごめんなさい。
私こそ悪い娘でごめんなさい。
そして、私を育ててくれてありがとう。うっ、うっ……」
A子の声も嗚咽によってかき消された。


少し間をおいて、再び母の声。
「何が起きたの? また、落ち着いたら説明してね。一旦、電話きるよ」


A子は、電話をきってからも、しばらく呆然としていた。


20 年以上もの間、父を嫌ってきた。ずっと父をゆるせなかった。
自分だけが被害者だと思っていた。


自分は父の一面だけにとらわれて、
別の面に目を向けようとはしなかった。
父の愛、父の弱さ、父の不器用さ、
これらが見えていなかった。


父はどれだけつらい思いをしてきたんだろう。
自分は父に、どれだけつらい思いをさせてきたんだろう。


いろいろな思いがかけ巡った。


父に対する感謝の気持ちも湧いてきた。
勇気を出して電話してよかったと、しみじみ思った。


「あと1時間くらいで、U太が帰ってくるな」
そう思ったときに、電話が鳴った。
電話に出てみると、Y氏であった。


「どーも、Yです。少し時間ができたので電話しました。

 

さっきは、次の予定が入っていたので、
お話の途中で電話をきったような気がしまして」


「じつは私、父に電話したんです。
電話して本当によかったです。ありがとうございました」


A子は、父とどんな話をしたかを簡単に説明した。


「そうでしたか。勇気を持って行動されて、よかったですね」


「私にとって、U太がいじめられていることが、
最大の問題だと思っていましたが、
長年父をゆるしていなかったことのほうが、
よほど大きな問題だったという気がします。
U太の問題のおかげで父をゆるすことができたんだと思うと、
U太の問題があってよかったのかなという気すらします」


「U太君についてのお悩みを、
そこまで前向きに捉えることができるようになったのですね。
『必然の法則』というのがありましてね、
それを学ぶと次のようなことがわかるんです。
じつは、人生で起こるどんな問題も、
何か大切なことを気づかせてくれるために起こるんです。
つまり偶然起こるのではなくて、起こるべくして必然的に起こるんです。
ということは、自分に解決できない問題は決して起こらないのです。
起きる問題は、すべて自分が解決できるから起きるのであり、
前向きに取り組みさえすれば、
後で必ず『あの問題が起きてよかった。そのおかげで……』と言えるような
恩恵をもたらすのです」


「そうなんですね。
ただ、U太の問題自体は何も解決していないので、
それを思うと不安になります」
「そうですよね。


今の時点では、あなたの母親としての悩みは未解決ですよね。

 

ですがもしかしたら、今回お父様をゆるせたことで、
あなたの悩みは、水面下で何らかの変化をし始めているかもしれませんよ。
心の世界はつながっていますからね」


「心の世界がつながっている……、あまりピンときませんが」


「それもそうですよね。
私の言っていることは、ある意味で突拍子もないことですからね。
さて、ここで少し整理してみましょうか。
あなたにとって、U太君のことで一番つらいのは、
U太君が心を開いてくれないことでしたね。
親として、何もしてやれないことが、情けなくてつらいとおっしゃいましたね。
そのつらさをこれ以上味わいたくないと」


「はい、そうです。
いじめられていることを相談もしてくれない。
私は力になりたいのに、『ほっといて!』って拒否されてしまう。
無力感を感じます。
子どもの寂しさがわかるだけに、
親として、何もしてやれないほどつらいことはありません」


「本当につらいことでしょうね。
ところで、そのつらさは、誰が味わっていたつらさなのか、
もうおわかりですよね」


「えっ? 誰がって……」


そのとき、A子の脳裏に父の顔が浮かんだ。
そうか! この耐えがたいつらさは、長年父が味わい続けたつらさなんだ。


娘が心を開いてくれないつらさ。
娘から拒否されるつらさ。
親として何もしてやれないつらさ……。


私のつらさと一緒だ。
このつらさを、父は20 年以上も味わい続けたのか。

 

A子のほほを涙が伝った。


「今わかりました。
私は、私の父と同じつらさを味わっていたんですね。
父はこんなにつらかったんですね。
父が嗚咽したのもわかります」


「人生で起こる問題は、
私たちに大事なことを気づかせるべく起こるんです」


「あらためて父のつらさがわかりました。
U太が私に心を開いてくれなかったおかげで、
わかることができたんだと思います」


「息子さんもお父様もあなたも、心の底ではつながっています。
お父様に対するあなたのスタンスを、
あなたに対してU太君が演じてくれていたのではないでしょうか。
そしてそのおかげで、あなたは気づくことができた」


「U太にも感謝したいです。
『大事なことに気づかせてくれて、ありがとう』って気持ちです。
今まで、『どうしてお母さんに話してくれないの?』って
心の中でU太を責めていました」


「今なら、U太君の気持ちも理解できますか?」


「そうか!
私が子どものころ、口うるさい父がイヤでした。
いろいろ口出ししてきたりするのがイヤでした。
今考えてみれば、それも父の愛情からだったんでしょうけど、
当時は負担でした。
U太も同じ思いなんだと思います。
私の押し付けがましい愛情が負担なんだと思います」


「あなたは子どものころ、本当はお父様に、
どんな親でいてほしかったんでしょうね?」

 

「私を信頼してほしかった。
『A子なら大丈夫!』って信頼してほしかったです。
きっとU太もそうしてほしいんですね。
私、U太を信頼していなかったと思います。
私が手助けしないとこの子は問題を解決できない、そう思っていました。
それで、あれこれ問いただしたり、説教したり……。
もっとU太を信頼してあげたいです」


「あなたは、お父様のつらさも理解し、
U太君のつらさも理解されましたね。
では次に、ご主人とのことに移りましょう。
朝お電話をいただいたときに、
『あなたの大切なU太君が人から責められ、
そのことであなたが悩んでいるということは、
あなたが身近な誰かを責めてしまっていることに関係があるのではないか』
とお話したのを覚えていますか?」


「はい覚えています。
私は、主人を尊敬できないという話をしました」


「ではもう一度、ご主人に対してどんなふうに感じておられるか、
話してもらえますか?」


「どうしても、主人に対して、
『教養のない人』とか『思慮の浅い人』というふうに見てしまうんです。
U太のことにしても、私がこれだけ悩んでるのに、根拠なく楽観的なんです。
それで主人に対しては、グチこそはぶつけますが、
ちゃんと相談したりすることはありません。
主人の意見も受け付けられないんです」


ここまで話しながらA子は、
自分の夫に対するスタンスが、
父親に対して取ってきたスタンスに似ていることに気がついた。


「私が、父に対して取ってきたスタンスと似てますね」

 

「女性の場合、父親に対して取ってきたスタンスが、
夫に対してのスタンスに投影されることが多いんです。
ところで、お聞きしていると、
ご主人はU太君のことを信頼されているようですね」


「あっ、そうですね!
そうか、主人のそういうところを見習うべきだったんですね。
U太は主人に対しては、けっこう本音を言っているみたいなんです。
U太は信頼されてると思うから、主人には心を開くんですね。
私は、主人のよいところをまったく見ていませんでした」


「なるほど、そんなことを感じられたんですね。
さて、では宿題を差し上げます。
やるかどうかはご自分で決めてくださいね。
今日の午後、『父に感謝できること』と『父に謝りたいこと』という
2種類の紙を作ってもらいましたよね。
その紙に、さらに、お父様に感謝できることと謝りたいことを、
書き足せるだけ書き足してください。
紙は何枚使ってもけっこうです。


それが終わったら、もう一枚紙を用意してください。
その紙のタイトルは、
『父に対して、どのような考え方で接したらよかったのか?』です。
これは過去のお父様との関係を後悔するために書くのではありません。
これからのご主人との接し方のヒントが見つかるはずです。


そしてもうひとつ、U太君が夜眠ったら、U太君の寝顔を見ながら、
心の中でU太君に『ありがとう』と何度もささやきかけてください。
どうですか、やってみますか?」


「はい、必ずやってみます」


電話をきって間もなく、U太が帰ってきた。


U太はランドセルを玄関に投げると、

いつものようにグローブとボールを持って、公園に行った。


昨日友達に追い出されたというのに、この子はまた公園に行くのだろうか、
とA子の心は心配な気持ちでいっぱいになった。


しかし、A子は、その心配な気持ちをまぎらわすように宿題に取りかかった。


父に対して感謝できることがたくさん思い浮かんだ。

・・・・・・・・・・・・・・
「父に感謝できること」


・現場監督のきつい仕事を続けて、家族を養ってくれた。


・私が子どものころ、夜中に高熱を出したことが何度かあったが、その都度、車で救急病
院まで連れて行ってくれた(肉体労働をしていた父にとって、夜中はしんどかったはず)。


・私が子どものころ、よく海や川に連れて行ってくれて、泳ぎを教えてくれた。


・子どものころ私はメロンが好きだったが、毎年の私の誕生日には、メロンを買って帰っ
て来てくれた。


・子どものころ近所のいじめっ子にいじめられていたことがあったが、その子の家に抗議
しに行ってくれた。


・私は私立大学に入ったが、文句を言わず学費を出してくれた(当時のわが家にとって、
大きな負担だったはず)。


・私の就職先が決まったときに、寿司を出前で取ってくれた。とても豪華な寿司だった。
そのとき私は「寿司は好きじゃない」と言って食べなかった。父はしょんぼりしていた)。


・「自分にもしものことがあったときのために」と、私たち兄弟の口座をつくり、
月々わずかの金額であるが、貯金をしてくれていた(そのお金を父は、結婚式の
前日に私に渡そうとしたが、私は「持ち歩けないので、振り込んでもらうほうが
いい」と言って、その場では受け取らなかった)。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「感謝したいこと」に連鎖して「謝りたいこと」も浮かんできた。
それらを書き出しながら、涙が浮かんできた。


「私は、こんなにも愛されていた。
反発する私を、愛し続けてくれていたんだ。
私は、ゆるせないという思いにとらわれていたから、
その愛に気づかなかったんだ。
そして、こんなにも愛してもらいながら、
私は父に何もしてあげてない。
親孝行らしいこともほとんどしていない」


自分が父親の仕事を尊敬していなかったことにも気づいた。
父親の現場監督の仕事に対して、
「品がない」とか「知的でない」とか思っていた。


父親が仕事を頑張り続けてくれたおかげで、
自分は大学まで行かせてもらえたというのに。


そのことに初めて気づいた。
父親の仕事に対して、尊敬心と感謝を感じた。


そして今、自分は夫の仕事に対して、
「知的でない」というイメージを持っている。


夫に対する「教養がない」という嫌悪感をともなうイメージは、
父に対して持っていたイメージとそっくりである。


父への見方が変わって、父に感謝することができたのだから、
夫に対しても感謝できることがたくさんあるのではないだろうか。


そんなことを考えながら、続いて、
「父に対して、どのような考え方で接したらよかったのか?」
というタイトルの紙を用意した。


これについては、すぐに文章が浮かんできた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「父に対して、どのような考え方で接したらよかったのか?」
・自分が不完全な人間であるように、父も不完全で不器用な人間であることを理解する
こと。
・父の言動の奥にある愛情に気づくこと。
・してもらっていることに感謝すること。
・感謝の気持ちを言葉にして伝えること。
・そしてその上で、イヤなことはイヤだと伝えて、おたがいにとって居心地のいい関係
を築くこと。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これはまさに、これから夫に対してするべき考え方だと思った。


働いてくれている夫。
自分の人生のパートナーでい続けてくれている夫。
自分は夫に対して感謝することを忘れていた。
夫に対して、こんなに素直な考え方ができるのは初めてかもしれない。
これは父に感謝できたことと関係があるのかもしれない。
今日は夫に感謝の言葉を伝えよう。


そんなことを考えているうちに、
外が薄暗くなりかけていることにA子は気づいた。
思えば、今日は家事らしきことをほとんどしていない。


朝の9時ごろY氏に電話してから、1日中自分と向き合っていた。


「晩ご飯の用意、どうしよう?」
そう思ったときに、U太が帰ってきた。


「ねえ、お母さん聞いてよ!」


「どうしたの? 何かいいことあったの?」


「大樹君知ってるでしょ。
じつは昨日、大樹君に公園でボールをぶつけられたんだ」

 

「そっ、そうなの? 大樹君って、あなたを一番いじめる子だよね」


「さっき公園から帰ろうとしたら大樹君が公園に来てさー。
で、『いつもいじめててごめんな』って言ってくれたんだ」


「そうだったの!」と言いながら、
まるで奇跡でも体験しているような気持ちになった。


このことは、自分が父親と心で和解できたことに関係あるに違いない。
そんな気がしてきた。


A子は、夕食の準備をするより、U太と話そうと思い、出前を取った。
出前が届くまでの間、A子はU太に次のようなことを伝えた。


「今まで、あなたのことに口出しをし過ぎてごめんね。
これからは、なるべく口やかましくしないように気をつけるからね。

そして、お母さんの助けが必要なときは、いつでも遠慮なく相談してね。
あなたのことを信頼してるからね」


U太は本当にうれしそうな顔をして、
「わかった、ありがとう」と答えた。
やはりU太は、母親に信頼してもらいたかったのだ。


「今日は、なんか変だなー。いいことが続くなー」とU太が言った。
A子も幸せな気持ちになった。


間もなく出前が届いた。


「お母さんは、お父さんが帰ってくるのを待つから、先に食べてね」


「えっ? どうしたの? いつもは先に食べるのに」


「今日は、お父さんといっしょに食べたい気分なのよ。
お父さん、お仕事頑張ってくれて、疲れて帰って来るからね。
一人で冷めた親子丼食べるの、寂しいでしょ」

 

「じゃー、僕もお父さんといっしょに食べる!
三人で食べるほうが楽しいでしょ」


「ほんとうにあなたは優しい子ね。お父さんに似たのね」


「なんか変だなー。
いつもお父さんのことを、『デリカシーがない』とか言ってるのに」


「そうよね。お母さんが間違ってたのよ。
お父さんは、優しくて男らしくてたくましくて、男の中の男よ」


「勉強しないと、
お父さんのような仕事くらいしかできなくなっちゃうんでしょ?」


「ごめんね、それもお母さんが間違ってたのよ。
お父さんの仕事は、お客さんのところに大切な荷物を届ける立派な仕事よ。
それに、お父さんが働いてくれてるおかげで、
こうやってご飯食べたりできるんだからね。
お父さんの仕事に感謝しようね」


「お母さん、本当にそう思う?」


「うん、思うよ」


A子がそう言ったときのU太の笑顔は、
その日で一番うれしそうな笑顔だった。


子どもは本来、親を尊敬し、親をモデルにして成長する。
A子の言葉は、U太に対して、
「お父さんを尊敬してもいいよ」という許可を与えたことになる。


U太はそのことが何よりもうれしかったのだ。


しばらくして夫が帰って来て、三人で冷めた親子丼を食べた。

 

自分の帰りを待っていてくれたことがうれしかったのか、
夫も上機嫌だった。
冷めた親子丼を「うまい、うまい」と言いながら食べていた。


夫が風呂に入っている間に、U太が眠りについた。
A子はU太の寝顔を見ながら、心の中で「ありがとう」を唱え始めた。


この言葉の影響なのか、心の底から感謝の気持ちが湧いてきた。
「この子のせいで私は悩まされてると思ってきたけど、
この子のおかげで大切なことに気づけた。
本当は、この子に導かれたのかもしれない」


そう思っていると、U太が天使のように見えた。


いつの間にか、涙があふれてきた。
本当に今日は、よく泣く日だ。


間もなく電話が鳴った。出てみるとFAXだった。
母の字で次のように書いてあった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

A子へ
今日のことお父さんから聞きました。
お父さん、話しながら泣いていました。
お母さんもうれしくて涙が出ました。
「70 年間生きてきて、今日が一番うれしい日だ」と
お父さんは言っています。
晩ご飯のときに、いつもお酒を飲むお父さんが、
「酒に酔ってしまって、このうれしい気持ちを味わえんかったら
もったいない」と言って、今日はお酒を飲みませんでした。
次は、いつ帰ってきますか。
楽しみにしています。
母より

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

晩酌を欠かしたことのない父が、お酒を飲まなかったなんて……。
自分が伝えた言葉が、
父の心をどんなにか幸せな気持ちで満たしたのであろう。


そして、今まで父が、
身体の調子がよくないときもお酒をやめられなかったのは、
寂しさゆえだったのだろう。


A子の目からは、再び涙があふれていた。


「どうした? 泣いてるのか?」。
風呂から出てきた夫が聞いてきた。


A子は、その日起きたことをすべて話した。
朝、Y氏に電話をかけたこと。
午前中は、父への恨み・つらみを紙に書きなぐったこと。
午後、父に電話して和解したこと……。


「そうか、お父さんも泣いてはったか」。
夫も、目に涙を浮かべながら聞いてくれた。


そして、U太がいじめっ子から謝られたことを話した。
「ふーん、不思議なこともあるもんやな。
Yさんのやり方は、俺にはよくわからんけど、
おまえも楽になったみたいでよかったな」


続けてA子は、泣きながら夫に謝った。
「いつもありがとう。あなたには本当に感謝しています。
今日、あらためて、あなたのことを尊敬しました。
今まで、あなたの素晴らしさに気づかなくてごめんなさい」


A子の言葉を聞く夫の目からも、大粒の涙が流れた。


次の日、A子はY氏に報告して、心からのお礼を伝えた。
朝一番で夫も電話を入れていたようだ。

 

「ご主人からも電話をもらいました。お役に立てて何よりです。
あなたの勇気と行動力を尊敬します。
さて、これからが大切です。
できれば毎日、お父様とご主人とU太君に対して、
心の中で『ありがとう』という言葉を唱える時間を持ってみてください。
きっと、ますますいい関係が築けると思いますよ」


その日の夕方のことである。


「ただいま!」元気な声でU太が帰って来た。


「お母さん、聞いて! 今日ね、友達から野球に誘われたんだ!
今から行って来るから!」
U太はグローブを持って飛び出して行った。


A子の目には、またもや涙がにじんでいた。


声が詰まって、「行ってらっしゃい」の一言が言えなかった。


(THE END)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この作品どうでしたか?私も何度も読み返しては涙ぐんでいるのですが、不思議な鏡の

法則だと思います。

鏡の法則の意味もよく分かるのですが、偉いのは心理学を勉強して経営コンサルタント

をしているY氏ですね。

私は哲学の本は好きでよく読んだのですが、心理学も良いですね〜こんな仕事が出来るの

なら、娘は大学の心理学科を出たのですが、心理学科を出たなら親の心理をもっと解れ!

と言ったこともありますが(笑)

このような心理学で、人助けが出来るのなら良いですね〜

私もY氏のように心理学を勉強して、人助けが出来たら良いと思います。

神様に「世の中の道具となれ!」と教えられていますので・・・

少しでも多くの人に必要とされるように生きて、死ぬときは少しでも多くに人に涙して

いただければ、この上ない人生の本望です。

では又・・・・管理人。

 

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安徳天皇陵墓参考地

  • 2019.05.13 Monday
  • 21:25

五月一二日(日)に高知県越知町の横倉山にある安徳天皇陵墓参考地へ行ってきました。

高知市から車で約1時間走ると横倉山入り口に着きます。

入り口から車で横倉山を登り約20分くらいで(織田公園)展望台に着きます。

何度かブログで紹介しましたが、ここは私にとって何十回もこの場所を夢に見て、やっと見つけた場所

なのです。初めてこの山を見つけて車で上がっていると、悲しくも無いのに涙がポロポロと出てこの

景色を見たときは夢と同じだったので感激しました。

ただ夢では、この付近はただっ広い大地で草が沢山生えていましたが、夢でも肌寒く空気の綺麗な場所

でした。(又ここへ来たといつも思うのでした。現実的にはこの場所は知らなかったのですが)

この横倉山は、標高800mで頂上には横倉宮があり、ここから未だ車で7〜8分上ります。

しばらく上がると第2駐車場があり、もう少し上に上ると第3駐車場と広い駐車場があります。

車を止めて、30分ほど上ると頂上の横倉宮に着くのです。

 

登山口にマムシ注意の看板を見る。

すると早速、黒いマムシが前を横切った。一瞬だったので撮影できなかったのですが、娘に気をつけろと

言うと、頭が三角の黒マムシがシュルシュルと横切ったのです。

早速、蛇が迎えに来てくれた、縁起が良いかも・・・・

このようなマムシですね・・・(ネットより拝借)

そしてこのような赤マムシの赤ちゃんのようなマムシも道中何度か見かけました。

10分ほど上ると杉原神社に着きます。

大杉が生い茂る杉原神社です。

天然記念物に指定されている大杉2本。幹周7.4mと6.6m・樹高35mと圧倒される太さです。

ここが平家の宮の鳥居です。

 

(杉原神社)

この場所に安徳天皇を護衛して来た従臣80余名の墓祠があり、横倉宮の摂社、末社として祭祀

されている。

小松少将有盛(平重森の四男)小松新三位中将資盛・・・多分このあたりが私の先祖のように思います。

(平家の宮)

 

 

 

 

 

 

 

ここから安徳天皇陵墓参考地まで1kmです。

やっと横倉宮の鳥居です。もう一息でここまで来ると汗びっしょりで、私は下着のシャツ一枚に

なり、いつもこの鳥居を抜けると急に空気が変わり神様近いと感じるのです。

神様お久しぶりです、ご無沙汰してました。今日は天気も良く気持ちよく来られました。こんな格好で

申し訳ないですが、礼和元年になりましたおめでとうございます、・・・等とご挨拶する。

初めて神様の声を聞いた私にとっては、忘れられない大切な神社なのです。

神様にお断りして、中を撮影する。夢でもこの広い階段は全く同じで覚えています。

夢ではこの2階から馬鹿試しの景色は見えたのですが、現在は見えそうにも無いです。

頂上の馬鹿試しからの景色です。

足場の悪い岩の先に立って景色を見るから馬鹿試しでしょうね。一歩踏み間違えば転落して即死です

よ。(やっぱり私は馬鹿でした)(^_^)

ここが2階の屋根だから、夢では2階からいつもこの景色が見えたのですが、現在の2階からでは

景色は見えません。昔はもう少し高い場所にあったのではと思いますけどね〜・・・・

私が何度も夢に見た2階の場所は、とても見晴らしが良かったので、多分立て替えられたのだと

思います。

横倉宮から10分ほど行くと、安徳天皇陵墓地にたどり着きます。

この石段を登ると陵墓地で、この付近から厳かな空気が漂います。・・・・

安徳天皇陵墓地です。ここへは何度も来ますが不思議にここでは誰とも出会わないのです。

来る道中や帰る道中では、すれ違う人も居るのですが、私がここに来たときは誰もいないのです。

 

柵内は立ち入り禁止なのですが、誰も居ないので神さまにお断りして入らせて頂きました。

お酒をお供えするためにです。

 

安徳天皇が乗馬練習された「御馬場跡」だそうです。

壇ノ浦の戦いの後、平家一門に守護されながら山伝いに源氏から逃れ、1数ヶ月、やっとこの

地に着きて、ここを終焉(しゅうえん)の地とされたが、正治二年(1200年)に御年23歳で

崩御しこの地に埋葬される。天皇が従臣らと蹴鞠をされた所と伝えられている。

高知県内では唯一の宮内庁所轄地として陵墓守を配置している。

 

私が何度もこの地を夢に見、とても懐かしく感じるのは私のご先祖様の記憶が遺伝したのかも

知れない。又、道すがらの景色も懐かしく感じ、何も悲しくないのに涙したのも、私の守護霊の

感激の涙ではなかったのかと、色々と思いを馳せるのです。

安徳天皇様に「二礼二拍手一拝」をし、安らかにお眠り下さいと手を合わせ、ご先祖様におかげ

様で、子孫は沢山増えて平穏に暮らせていますので、ご安心下さいと・・・

又、益々の子孫の繁栄をお守り下さいとお願いする。

今日は天気も良く、気持ちよくお参りが出来ました。

ここに来ると疲れるのですが、帰りは清々しい気持ちになり、来て良かったといつも思うのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

では又・・・・管理人。

 

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平成から令和に・・・即位の礼に想うこと

  • 2019.04.26 Friday
  • 19:18

もうすぐ新元号が「令和」に変わります。今回も目線を変えて別の角度から書いてみます。

今上陛下様お疲れ様でした。85歳というご高齢でありながら、毎朝5時に起床して5時半

には、先祖神の祈りから始まり、国の平和、国民の幸せを願ってくれてるそうです。

8時から朝食が始まり、9時半から5時まで山のような公務を分刻みでこなしているそう

ですが、85歳という高齢でありながら、頭が下がります。

美智子様は、皇室の仕事は国民全てが幸せであるように願い、祈る。のが勤めだとおっしゃ

ってましたね。どれだけの国民が天皇陛下の有り難さを知っているのやら・・・

天皇陛下の仕事内容や、有り難さを学校教育でもっと教えるべきだと思いますけどね。

天皇陛下も75歳とかの定年制にしないと可哀想にさえ思います。

本来天皇と言えば神の子、半神半人だったので古代天皇の寿命も長かったからでしょうね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と、天皇はずらりと100歳超えが多いのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ちなみに、アダムは930歳、アダムとイブの子セツは912歳、ノアは950歳、と半神半人は長寿なのです。

 

現在は天皇も125代にもなるので、もう半神半人ではなく、普通の人間なのです。

だから定年制にするべきだと思いますけどね〜・・・一般国民の私の声(^^)

何故、半神半人から普通の人間になったのか?という疑問が残ります。

それはズバリ日本の歴史上、最大で、最悪の大悪党「源義経」のせいではないでしょうか?

(源義経像)(幼名:牛若丸)

 

初代神武天皇は「浦島太郎伝記」に現れます。

浦島太郎とは、アマテラスの孫ニニギの息子で「山幸彦」のことであり、竜宮城へ行った時に

出会った乙姫様とは「豊玉姫」のことです。

豊玉姫は、海神の神(わたつみのかみ)の娘で実は龍の化身なのです。

二人は結ばれて、子供を産むのですが、子供を産むときに正体を見破られ豊玉姫は姿を恥じて

竜宮に帰ってしまう。その赤子の名前はウガヤフキアエズと言う。(農業と漁業の神となる)

豊玉姫の妹「玉依姫」(たまよりひめ)はその赤子がふびんに思い、竜宮から乳を飲ましに通う。

子供はやがて大きくなり、その玉依姫と結ばれて姫は4人の子供を産む。その一人が神武天皇に

なるのです。だから、初代神武天皇はニニギの、ひ孫で母は龍神と言う事になりますね。

山幸彦が竜宮城から貰ってきた「玉手箱」の中に入っていたのが三種の神器の一つ「勾玉」

なのです。その本物が皇居にあるのです。「歴代天皇も箱の中を見たことがないそう」です。

かつて見ようとした天皇と神官がいたそうですが、開けようとすると中から煙が出てきて

怖くなって蓋を閉めたと言う記述があります。神官の方は病気になったとか・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

三種の神器の二つめは八咫鏡です。現在伊勢神宮に奉ってるそうですが、レプリカかも

知れません。誰も見たことがないそうですが昔、戦時中に将校が見たことがあるとか、写真を

撮ったとか噂がありますが、どれが真実か分かりません。

 

私の想像するには多分、八角形の方が本当のように思います。

何故なら、八咫鏡、八咫烏、八尺瓊勾玉、のように「ヤ」と発音するのは「神様」という含みを持ってます。

古代ユダヤ語(ヘブライ語)でヤッホーもヤーレンソーランも、八八箇所巡り、八重(神を重ねる意味)

ヤハウェ等、「ヤ」の発音には神を連想させる含みがあります。八咫鏡(やあたのかがみ)の「咫」あたは

長さを測る単位と角度を測る単位に使われます。咫とは人差し指と中指を開いた角度で45°です。

それが八つで八角形になりますよね。風水でも縁起の良い鏡として八角鏡を吉としています。

だから、八咫鏡は八角形の方が正しいと思うのです。

余談ですが・・・・

昔は身体を基準にして、単位を決めていました。例えば一間(イッケン)一寸、一尺、一尋(ひとひろ)等と・・

建築業者や不動産業者は、現在でも大体この尺貫法を使います。一間=柱と柱の間。

一間は約、両手を広げた長さ(182センチ)畳の長い方ですね。短い方が半間となり(91センチ)

大体ドアが半間で、窓が一間ですね。1間×1間=畳2枚分で一坪となります。

一尋は一間と同じ測り方なのですが、海の深さを測ったり、釣りの時浮下を一尋とか一尋半とか言いますね。

一寸が指2本(約です、人により違う)一尺は肘から拳固まで、のように昔は大体、体の一部を使って

長さや、広さ、角度を決めていたようです。ピースサインが45°(昔は咫と呼ぶ)45°が8つで八咫、だから

八角形の八咫鏡となるのです。又、咫の単位は長さにも使われていたようです。

風水でも、八角形の鏡が縁起が良いとされています。(自宅には八角形の掛け時計があります)

(※長さを計る時は八寸を1咫(18センチ)と呼び、八咫烏は144センチとなる。咫は中国の単位とのこと)

又一握りを半咫、二握りで1咫、と握って長さを測ったようです。

マグロの解体魚を買うときは、指4本を当てて(1タキ:ヒトタキ、フタタキ、ミタキ)と数えて切ります。

土佐の皿鉢の刺身の場合は普通3タキを使い、握りの長さが1タキです。

神話に登場する十握剣(とづかのつるぎ)は十握の長さがあったので、そう呼ばれたのですが五咫ですね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

三種の神器の最後は、天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)又は、草薙剣(くさなぎのつるぎ)ともいう。

スサノオが八岐大蛇を退治したときに、尻尾から出てきた剣で、後に日本武尊(ヤマトタケルノミコト)

が譲り受け、移動中、周りを火で囲まれたとき、姫を守るため自らの周りの草を薙ぎ、火打石で草を焼いた

とき帯刀していたことから予定調和の剣とされる。静岡県「焼津」の地名はこのとき草を焼いたことによる

地名なのです。このことから草薙剣と呼ばれたとあります。

勿論全部レプリカ(偽物)です。

剣璽等承継の儀  昭和六十四年一月七日

天皇皇位継承の一番最初の大事なことは、三種の神器を一カ所に集め天皇としての皇位を受け継ぐ

ことを天照大神に報告し、認可して貰って天皇となるのです。

今年の5月1日に即位の礼がこのように行われます。(天皇即位の日として祝日となる)

今上天皇の皇位を継承したと言う「おことば」があり、即位を内外に宣明し、日本国民総合の

象徴としての勤めを果たすことを誓う・・・・等と読み上げ、日本との交流国195カ国の代表を

招待し接待されると思います。その諸々の費用は80億円とか・・・

そして、10月22日に(即位礼正殿の儀)があり、今年に限り祝日となります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私の思う問題は、天皇継承は初代から今度126代目を継承されるのですが、天皇継承の儀には

必ず三種の神器を揃えるのですが、81代安徳天皇以降から本物の三種の神器は揃わず、一部

レプリカとなっています。

それは、全て源義経の性なのです。

源平合戦で平家が敗れたのは、義経にしてやられたのです。

源氏の総大将、源頼朝は平家討伐を弟の義経に任せ、武士による鎌倉幕府を開いた人物ですが

弟の義経は、勝つためなら手段を選ばずと言う考えだったので、卑劣な戦法を取った。

当時武将が戦うときは、「我は○○の何ベエである」と姓名を明らかにして、正々堂々と戦う

のが武士の戦いのルールであり、礼儀作法であったのだが、夜襲をかけたり敵陣の後ろの山に回り込

山から馬で駆け下り、不意を突いた戦法であった。「将を射るなら馬を射よ」と弓で馬を射って

落馬させてから将を槍で突いたり、平氏にすれば信じられない戦法で負けたのです。

最後に壇ノ浦で、平家は船の先に日の丸扇子を掲げ、この扇に見事射る者が源氏にいるのなら

平家は負けを認めようと宣言したのですが、見事に源氏の那須与一に射たれるのです。

そして、平家は武士らしく約束を守り、負けを認め退却するのです。

(那須与一に日の丸の扇を射たれる。その扇が小松家の家紋です。)

その際に、安徳天皇を守っていた平家の家臣と女官の付き人数名が、安徳様この海の底には綺麗な都が

あります、そこへ行きましょうと安徳天皇を抱きかかえて海に飛び込むのです。

その時に、三種の神器共々かかえて海に入水したので、三種の神器は行方不明になったのです。

後から桐の箱に入った勾玉は浮かび上がって来たので、確保したようですが、八咫鏡と草薙の剣は

見つからず行方不明なのです。

数ヶ月か数年後、海の底から錆びた八咫鏡を拾い上げ、伊勢神宮に祀って居るとのことですが、本物

か偽物かは分かりません。(現在は本物として扱っていますが)

後から分かったことなのですが、安徳天皇は生きていました。入水したのは安徳天皇の身代わりと

なった家臣の6歳の女の子だったとあります。

安徳天皇は、草薙剣と共に平家の家臣に守られ山伝いに逃げて、高知県越知町の横倉山で23歳まで

生存していたことが分かっています。

でも、草薙剣は見つかっておりません。何処に隠したのか?外国からも沢山の学者達が来たようです

が、四国の何処かにあるように思うんですけどね〜・・・

 

敵を騙すには味方から、平家は多くの味方をも欺き、身代わりとなった安徳天皇に、海の底には美しい

都があるとさとし、抱きかかえて入水する。それを見た多くの家臣と女官も次々と後を追う。

海の底には都があったのだろうか?

その後、壇ノ浦付近ではカニの甲羅が人面となったカニが沢山発見された、それを平家蟹と言う。

今でもその付近では平家蟹が沢山生息しているようです。

可哀想に、私達平家の先祖は蟹になってしまった。国は謝罪と補償はしてくれないのか〜・・(笑)

美味いかも知れないが、誰も食うな〜!と言いたい。

平家に勝った義経達はやりたい放題。武士が中心となった政治を始めたのです。「鎌倉幕府」です。

1192年は、いい国作ろう鎌倉幕府と覚えさせられたのですが、本当にいい国になったのでしょうか?

疑問に思います。「勝てば官軍、負ければ賊軍」死人に口なし、義経は英雄となったのです。

勝った方が正義で、何でも勝った方に従うのが政治なのです。(選挙もそうですよね)

平清盛の弟、「平時忠」の有名な言葉がありますね。「平家にあらずんば人にあらず」と・・

人にあらずとは・・(人でなしのこと)

平家は礼儀と、武士道精神を重んじ厳しかったようですが、頼朝はそれが嫌いだったようです。

しかし、頼朝は戦に勝ったとはいえ、弟の義経の卑劣なやり方が気に入らなかったのです。

まして、安徳天皇を奪うことが出来ず、追い詰めて殺してしまった。

そして何よりも大事な三種の神器を行方不明にしたことにより、激怒し義経を追放したのです。

そして義経は行方不明です、墓は二つあるのですが骨は入ってないのです。

モンゴルへ行ったとかの説もある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

安徳天皇以降、82代後鳥羽天皇から神器なき天皇継承となったのです。又源氏が勝ったことにより

天皇の血筋が二つに分かれて、殺されたりややこしいことになりますね。(この辺りは分からない)

三種の神器の内、2つは無くしてしまいましたが、(八咫鏡は本物かも知れない)取り返しの

つかないことを悔いても仕方ないので、現在はレプリカを作成して鏡は伊勢神宮に、草薙の剣は

熱田神宮にレプリカともいえど、本物扱いをして誰の目にも触れないように保管しているのです。

「剣璽等承継の儀」の際にはその二つを皇居に運び、皇居に保存の勾玉(玉手箱)を揃えて

天照大神様に、日本国天皇としての皇位継承を承認して貰うのです。 

神の血筋も、一般人と結婚することにより段々と薄くなり、今では一般人と同じでしょう。

でも、血筋は継がなくとも、神の魂の「魂筋」は皇室の誰かが受け継いでいると思います。

いや一般人にいるかも知れませんよ。私はそのように感じています。

 

長くなりましたが、後4日で元号が代わり令和となります。

天皇家、皇室は血筋は薄くなろうとも、神道の教育は徹底してると思います。

先祖は神様だから、神に仕え日夜、国民の平和と幸せを祈っておられるのです。

感謝しなければ・・・・そのような感謝をする教育をして欲しいですね〜・・

 

只、歴代天皇、皇室の中に一人だけ仏式で葬儀を行った愚かな天皇の子がいましたね。

それは英雄となり誰もが知っている人「聖徳太子」なのです。歴史の英雄はあてにならない。

何度もブログに取り上げたので、もう書くのはやめます。

もし宜しかったら、グーグル・ヤフー等で(コマツ住宅の聖徳太子)と検索してみて下さい。

「勝てば官軍、負ければ賊軍」勝ちさえすれば歴史なんでどうにでも変えられたのです。

 

では又・・・管理人。


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ストレスのない世界は地獄かも知れない。

  • 2019.04.09 Tuesday
  • 14:05

今日サウナに入ってて思いついたことなんですけど・・・・

暑いサウナ室に入っていると、すぐ汗が出始めしばらく辛抱していると汗がだらだらと出て・・・

最初は気持ちが良いのですがそれを我慢していると、今度はストレスとなり辛抱できなくなる。

飛び出て冷水に入る。(開いていた毛穴がキュッと締まり身体の芯まで冷える。これが気持ち良い!)

これを数回繰り返すと気分も爽快になりストレスや疲れも、身体に張り付いていた魑魅魍魎もこれは

たまらんと退散するような気がしますね〜(笑)

短時間の間に真夏と真冬のストレスを数回繰り返すからか、サウナ好きの人は肌の綺麗な人が多い

ように思います。

サウナが好きな人は、ストレスを楽しめる人なのかも(笑)サウナ以外にもストレスを楽しむ方法は

いっぱいありますけどね。(ストレス発散とは汗をかくことで、気分転換ではありませんよ)

発散を辞書で調べると、内部にたまったものが外部へ散らばって出ること。・・とあります。

旅行に行ったり、腹一杯食べたり飲んだりしてもストレス発散にはなりませんよ(^▽^)

カラオケで歌うは、声を腹から外へ出すから発散に当てはまるでしょうかね〜・・・

 

ストレスは多少あった方が良いのかも知れませんね〜・・発散が楽しいから。

金魚鉢に、金魚を入れて快適な温度環境で餌を与えていても、病気になったりすることがあります。

ストレスがないからなのです。そんなときは金魚の敵を一匹入れると、金魚は緊張のストレスで病気

にならないと聞いたことがあります。(食べられてしまうこともあるから)

ある程度のストレスはあった方が、健康的にも良いのかも知れませんね。

 

学校教師等、公務員が定年退職すると、ストレス続きの生活から解放されて、何もすることがなく

なるから急にボケる人がいると聞いたことがあります。

今までやってきた職業により、それぞれボケ方も違うようです。

退職してもストレス発散の仕方を知っている人は、それなりに楽しんでるでしょうけど、知らない人は

可哀想にさえ思います。

 

今の日本は平和だからある意味、平和病になっているのかも知れませんね〜・・・

例えば、花粉症・アトピー・うつ病・アレルギーなどです。

緊張した戦時中はそんな病気なかったと思います。

私は戦後生まれですが子供の頃は、そんな病気は聞いたこともなかったですね。

ある程度の緊張や、ストレスもあった方が良いかも知れませんね〜・・・・

今の若者を見ていると、素晴らしい能力があるはずなのに生かしてない。

一生懸命努力すれば、それなりの能力があるのに、頭で楽な方を選んでしまう。

楽なことをして、お金を稼ぐのがエリートの美徳だと勘違いしている。

犬や馬に一生走らなくとも良い。走るな!走ったら殺すぞと言ったら?

自分の持っている能力を使うなと制限されたら、地獄ではないでしょうかね〜・・。

だから私は自分の持っている能力は出し惜しみせず、全て出し切ることにしているのです。

たとえ疲れても、その方が楽しくて、ストレス解消になるからなのですよ。

 

今の若者は長時間働いて金を稼ぐよりも、給料が少なくても良いから休みがほしい。

休みが多くて、楽な仕事をすることが美徳で、要領の良い考え方だと勘違いしている。

自分で自分の素質を認めず適した能力も探さず、頭で教師が良いとか公務員が良いとか医者が

良いとか頭で考えて仕事を選ぶから間違いなのですよ。

仕事選びは自分の性格と、目標を持って選ぶべきなのです。

仕事には皆それぞれ適職と言うのがある。子供が嫌いなのに保育士や教師になったりするから

ストレスがたまって、犯罪が起きたりするのです。

まして人の命を預かる医師、看護師、警察、教師、等は成績が良いから雇うのではなく、適性

検査をするべきだと思いますけどね〜・・・

各企業も、学歴ではなく専門心理士による業務適正検査を重視するべきだと思いますけどね〜

学歴がなくとも優秀な人材は沢山いるはずです。

 

私が子供の頃は、大人達に大きくなったら何になりたい?とよく聞かれました。

野球選手になりたい。パイロットになりたい。機関車の運転手になりたい・・等と、皆それ

ぞれ夢や希望を持ってましたね〜・・・(私は力道山のようなプロレスラーになりたかった)

 

以前、小学校の先生に聞いた話ですが・・・

今の子供は、大人になったら何になりたい?と聞いたら・・・

何処の教室にも2〜3人は必ず居るそうです。

大人になったら、生活保護を受けたいと言う子供が・・・信じられませんね。

教育が悪いんじゃないですか?

 

私は趣味で神社巡りをしているうちに、神様と心の繋がりを持つことが出来ました。

人としての生き方、楽しみ方を教えて貰いました。(何が幸せで、何が不孝なのかも)

昔は、神様におねだりをしていたのですが、今は生かされている感謝の心を伝え自分の人生を

後悔しないようにと、人様に必要とされる喜びを感じるように生きているだけです。

「幸せとは求めるものではなく、気づくものなのです」

例えば、不自由なく歩ける幸せ、目の見える幸せ、匂いを感じる幸せ、しゃべれる幸せ・・

何でもない当たり前のことなのですが、病気になって初めて気づくことなのです。

・・・・・・ビスマルクの有名な名言ですが、「愚か者は経験から学び賢者は歴史に学ぶ」

病気になってから初めて気づくようでは、愚か者なのです。

病気になる前に、自分の健康は自分で管理をするのが、要領よく生きると言うことなのです。

 

多少のストレスはあった方が良いのです。発散する楽しみがあるから・・・

ストレスがなかったら、発散すること自体がストレスになるのかも知れない。

昔、何の映画だったか忘れましたが、極悪殺人犯が死刑で地獄へ行った話なのですがそこは

何でも思い通りになる所でしたが、実はストレスを全く感じさせない地獄だったのです。

ストレスのない苦悩をかいた映画だったのですが・・・やっぱり人間は喜怒哀楽を感じた方が

幸せなのかも知れませんね。生きていると言う実感を味わえるから。

貴方は今日生きていると言う実感を味わいましたか?感動しましたか?ときめきましたか?

 

犬や馬に走るな!魚に泳ぐな!とその能力を取り上げられたら地獄でしょうね〜

人間も、歩くな、動くな、考えるな、と人間の能力を取り上げられたらストレスがないとしても

生き地獄ですよ。

そんな可哀想な人は、病院にいっぱい居ますよね〜・・・・生き地獄かも・・・

人は皆、今でしか出来ないことがあります。そのチャンスを逃せば後悔するように思います。

但し、決断は「我ことにおいて後悔せず」という決心が必要でしょうけど。

健康で生きているのだからストレスも楽しみ、発散も楽しみましょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

だらだらと書いたら果てがないので、今日はここまでにしますね。

では又・・・・管理人。

 

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恐ろしい地鎮祭の実態

  • 2019.03.22 Friday
  • 19:02

私の本職は不動産取引業を専門としているので、建築の際に地鎮祭に立ち会うことはよく

あります。

又、お祓いに関しては素人ですが、神様ごとに関してはそこそこの知識と、霊感もあると

思っています。

(我家では私が自分で幣棒を振り祝詞をあげ、祓い清めの家祈祷を年に一度はしています)

(本文と画像は関係ありません)

よく見かける地鎮祭を行っている風景です。

地鎮祭は何のためにするのでしょうか?・・・・

,海療效呂鵬箸魴てて、住む事をお許しくださいと、土地の神様にお願いする意味。

 (神様にお供え物等をして、ここに住み生活することを承諾して貰う儀式)

建築が完了するまで安全に工事が進みますようにと、祈願する意味。

 (工事中に怪我や死人が発生した場合は事故物件となるので、安全を祈願する意味)

この土地に見知らぬ魂が残っていた場合の魂抜き。又、霊道が通っていた場合の方位除け。

(この土地に残っている因縁や災い事を成仏させ、何もなかったように穢れを祓い清める

儀式)大体、この三つの土地を鎮めるお祭りを「地鎮祭」と呼ぶのです。

 

主に戸建住宅や、会社や工場を建てるときにその都度、このような地鎮祭を行うのですが・・・

最近は、建設会社が造成地を何区画も購入して地鎮祭を一括して済ましているとのことです。

(本文と写真は関係ありません)

業者がこんなこと書くと、他業者に叱られるかも知れませんが、ちゃんとした地鎮祭が出来て

いるのか疑問です。

業者はローンを組んで買ってもらえれば、後で何があろうとそれで「さようなら」なのです。

,鉢△漏笋抜蔽韻覆里任垢(神様に報告のみ)問題はH屬覆里任后

に関しては、余程の力を持った神職でないと難しいと思います。

その力とは、年齢とか経験や修行によって得るものではなく、持って生まれた天性、素質が

必要なのです。

(修行によってある程度は上達しますが、限界があります。やはり天性の才能や感じ取る素質

センスが必要だと思います)

私の想像では、それだけの力を持った神職は100人に一人いれば良い方です。

だから・・・・

日本の法律では「霊障」「除霊」「悪霊」「生霊」「地縛霊」「動物霊」「怨霊」等を肯定する

法律はないのです。

 

でも多くの方は、少なからず気にしています。

我々不動産業者も契約日、引渡日、地鎮祭日、引越し日等は、大安吉日やその他良い日をお勧め

しています。

間取りに関して相談があれば最低でも、鬼門・裏鬼門にトイレや台所、又ゴミや不潔な物を

置かないような設計をお勧めすしています(設計士は皆、当然知っています)でも、

風水等あまり神経質になって間取りを造ると、不便な使い勝手の悪い間取りになるので、

鬼門裏鬼門くらいで良いのではないでしょうか?

後は風水、奇門遁甲等で開運を図ればいいと思います。

少し話がぶれましたが・・・・・

地鎮祭の神主さんの料金は法で定められていませんので、お気持ちだけでと言われます。

地域により大体の相場があるようですが、神職の方から○○円でないと出来ませんと言うなら

問題ですね。

神職も忙しいので、日程が合わない場合はアルバイトの神職(有資格者)に依頼する場合も

あります。

問題は・・・・・

のその土地に地縛霊等の除霊をしなければならない場合に、ちゃんと出来るのか?

と言うことです。

業界的に言うと・・・

,鉢△録世気泙悗瞭禄个悩僂澆泙垢、に関してはそこに住み着いている魂の許可が必要です。

(,鉢△睫菊呂韻之築すると土地神さまも機嫌悪いでしょうね)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

県外の実例ですが、Aさんが新しい分譲地を買ってそこにマイホームを建築する前に地鎮祭を

行った。

1週間ほどして、祈祷師と称する人が訪ねてきて、あそこの土地は以前処刑場だったので地縛霊

が沢山います。

私の見たところではお宅の土地も隣の土地もこの付近一帯に何百と言う地縛霊が沢山

渦巻いて居る。

最近、地鎮祭をしたようですが、全然成仏できてない霊がうようよ居ますよ。

このまま家を建てると、必ず災いが起きます。それでも良いですか?・・・

私は除霊専門の祈祷師です。

あなたの土地を隅から隅まで綺麗にご祈祷して霊を成仏さすことが出来ますよ。

 

あそこの団地でも幾つか依頼されて済ませました。

Aさん・・・幾らで出来ますか?

祈祷師・・・30万円でやりましょう。

Aさん・・・1回こっきりの祈祷で、後々はしなくていいですか?

祈祷師・・・勿論です。何の災いもなく一生安心して暮らせますよ。私はその専門ですから。

Aさん・・・じゃーお願いします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この話を聞いたときに、これは間違いなく祈祷師と称するサギ師です。

こんな話にだまされてはいけませんよ。

本物の祈祷師は、金銭のぼったくりはしません。持主を調べて訪問に来るとは、尚更怪しい。

毎日神仏に感謝して生きている人なら、金額は言いません。

それを商売として利益を上げると力が落ちるからです。

テレビに出ても落ちます(神に感謝して生きている人なら、世のために働くのは当然です)

私は祈祷師と称する人の99%は偽物だと思っています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

では一番良いのは?・・・・・

※事故物件などの問題ありの土地は避けること。

※事故物件でなくとも、元墓地、元病院、元学校、元沼地、元戦争の死体置場等もそうです。

(元沼地については、何百年もの間に動物の骨が流されて埋まっているので動物霊や魑魅魍魎

が集まっている可能性があります)

 

どうしてもそこに家を建てたいのなら・・・・

※力のある神社の神主に地鎮祭をして貰うこと。

(その見極め方は高額を求めないこと、その地区で評判の良い神社でり、眼を見て話す人)

 

仏式による地鎮祭は信じられませんけど、神主による地鎮祭が終わった後に、力のあるお坊さん

に除霊して貰うのもありかも知れませんね。

魂の除霊や成仏さすには、仏教の方が優しく霊鎮め出来るかも知れませんね〜・・・

※神道では魂鎮(たましずめ)と言いますが、仏教では鎮魂(ちんこん)と言います。

 

神道では「霊障」「除霊」「悪霊」「生霊」「地縛霊」「動物霊」「怨霊」のような穢れは、主に祓い清める方法

取ります。又、巫女が鈴を鳴らして舞う御霊鎮(みたましずめ)の儀というのもあります。

 

仏教では「霊障」「除霊」「悪霊」「生霊」「地縛霊」「動物霊」「怨霊」のような成仏しない霊は、穢れとして

祓わず語りかけ、さとして成仏さす方法をとるようです。

偉い坊さんは霊界まで迷わず連れて行ってあげる力も持っているようです。

 

日本の法律では上記の霊障や地縛霊等の幽霊が出たと言っても認められません。

最近やっと「事故物件」の定義として「心理的瑕疵物件」という告知義務がありますが、それも

殺人、自殺、不自然死、火事のみで、動物霊や怨霊、悪霊、地縛霊等は認められておりません。

※業者に定められた告知義務は「物件瑕疵」と「心理的瑕疵」があり事実を伝える義務があります。

しかし、証明できない幽霊が出るとか、地縛霊を感じます等と言うと、売主に叱られ法で罰せられ

ます。

 

若い人は、場所さえ気に入れば買いたい意欲を見せるのですが、お爺ちゃんお婆ちゃんが出て

来ると人生経験から孫を気遣って、年回りや方角、時期、風水、鬼門、等を調べ慎重になる方も

居ます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それから2年前亡くなった私の兄を例にあげると・・・40年ほど前に何故か視野が段々と

狭くなり、有名な眼科や、大学病院で見て貰いましたが、原因不明の病気で大学病院の先生の言う

にはここ数週間の間に徐々に視野が狭くなっているので、原因は分かりませんがこのままでは

失明します。と言われたのです。

兄はすごいショックで、仕事どころではありません。生きて行くのも嫌になったと言う。

 

そこで、私は霊症かも知れないので一度神主さんに見て貰ったら?と南国市の、とある神社の

神主に見て貰いに行きました。(私も数回行ったことがある、とても力のある神主さんです)

そこで神主さんが祈祷して言われたことは貴方、去年墓地を買いましたね。

5月に買ったはずです。

兄は確かに去年墓地を買ったが、5月ではなかった暑い夏だったと思うと言うと、神主はいいえ

5月○○日に買っているはずです、ときっぱり言う。帰って調べて見なさいと、その墓地には目の

不自由なお坊さんの魂が2〜3体残っているはず、その魂を成仏させてあげないと必ず失明します。

墓地を買った貴方に成仏させて欲しくてすがっているのです。

助けてあげなさいと言われたのです。

私は兄が墓地を買ったことは聞いてましたが、何処に買ったのか知りませんでした。

兄の言うには、墓地は更地で昔から誰も埋まってないと聞いて買ったらしいのですが・・・

帰ってよく調べてみると、買ったのは去年の5月○○日で神主の言う通りだったと言ってました。

 

そして翌日神主に墓地に来て貰って、何と言う供養か知りませんが、墓地で練炭に火をおこし鍋

に水をはり、その上に空桶を乗せて祝詞をあげながら、蒸気で桶を温めます。

そしてその温まった空の桶を墓地の隅から隅までジグザグに運んでいると、なぜか(ウォ〜ン)

という音が鳴るのです。

神主はよしここじゃと、土地に✖印を付ける。そしてまだあるはずですと桶を運んでいると、又

(ウォ〜ン)という音が鳴る。そこにまた✖印を付ける。

そして又探していると、又鳴りました。✖印を付け、結局3か所に浮かばれない魂が残っていたの

です。

神主は近くの大きな石を拾ってきて、墓地の隅に置き此処に三つの魂を一緒にして供養します。

と祝詞をあげ、御幣を立て三つの魂をその石に集め供養したのです。

神主は、これは応急処置なのでこの石を小さなお地蔵さんに変えてあげてください。

そしたら、目の不自由なお坊さんに感謝されて目も治り、すべてが順調になります。

と言われました。

お地蔵さんが出来たらもう一度来ますので、連絡ください。

と別れて、小さなお地蔵さんを祀りました。

それから、徐々に目も回復して3か月ほどで完全に視力も回復しました。

そんな大感謝するほどの仕事をしてもらっても、大金は要求しませんでした。

本当にこれで良いんですか?と思うくらいしか受け取らないのです。

(だから本物なのですよ)

その墓地には、今もお地蔵さんが立っているはずです。

兄はその墓地には触らず、別のところに墓地を買い、納骨堂を立てそこで眠っています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このように、墓地を買うにもよく調べ気を付けるべきで、地鎮祭もおろそかにしてはいけませんよ。

最近は、地鎮祭は単なる形式の行事だと思って、すべてを工務店や不動産業者に任しているのを

見かけますが、その土地の氏神様か、産土の神様か、自分の信頼できる神主さんが良いと思います。

日本の法律では霊障は肯定していませんので、誰にも責任がないのです。

では、今日はこの辺で終わりとします。  (管理人)

 

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大きな白狐は瀬織津姫が変身した姿かも。

  • 2019.03.13 Wednesday
  • 09:40

本物の白狐を見たことありますか?

私は無いです。一度見てみたいですね〜、これは北極ギツネといいます。(ネットから拝借しました)

でも、とても大きな白狐は見たことがあります。とてつもなく大きい白狐です。

全体像は見れませんでしたが、尻尾はふさふさとして、信じられないほどの大きさです。

我が家にも、事務所にも何度か現れたことがあり、居間のドアに顔がいっぱいで入りきれないほど

の大きさです。

だから全体は巨像くらい大きいかも知れない。(もちろん幻のような白狐なのですが)

これほどは大きくはないですが (^▽^)・・・相当大きい白狐さんですよ。多分この半分強くらいかな。

実像ではなく、幻のような存在です。

なぜ我が家に来たのか知りませんが、何度か現れたことがありました。

家でソファーに座って家内と何気ない話をしていると、お父さん後ろに白狐さんが居るよ。

すごく大きな白狐の顔が私の後ろに見えると言われたことが何度かあります。

あまり近すぎて私からは何も見えなかったのですが、その幻の白狐さんの顔の中に私がいると言う。

私が目を閉じ、心眼で感じていると、大きなふわふわした尻尾を持つ白い毛の狐さんで、全くの無表情

ですが品格の高いとても美人の貴婦人のような感じでした。

 

このような体験した人いませんか?又は、このような大きな白狐さんを見たことある人。

私だけではなく、多分他にもいると思いますけど、もし居られたらコメントください。

待っています・・・・

 

(以前アップした奈良の源九郎稲荷神社です。http://kimama.komatsu-j.info/?eid=476

ここのお稲荷様もとても気品の高いお稲荷様で、単なる観光気分で来るところではないです。

今思えば、ここの美人のお稲荷様とダブルのですが・・・源九郎名の由来は源義経から貰った名で

義経の兄、頼朝の討手から逃れて吉野山に落ちのびたとき、白狐が佐藤忠信(義経の家臣)に

化けて、妾の静御前(しずかごぜん)を送り届け、義経と静を守り通すのだった。義経に狐で

あることを見破られるが、この白狐は静が持つ「初音の鼓」が両親で出来ていたことから、それを

慕って佐藤忠信に化けていたことを話すと、義経は親を慕う白狐に同情し、又自分たちを狐の神通力

で守り通してくれたことに感謝し、自分の名である「源九郎義経:みなもとくろうよしつね」の

源九郎をこの狐に与えた。それがこの神社名の由来となっているそうです。

私が、ここで感じた白狐さんはとても気品の高い美人を感じたのです・・・

でも個人的に私は、義経が嫌いです。(^^)(義経の卑劣な戦法で平家が負けたからです。)

でも、ここの白狐さんは美しい。一目で惚れました。私も化かされたのかな?(*^_^*)

鳥居を見る限り、男神を祀って居るはず。主祭辰魯Εノミタマ神なのですが、男神の気配は感じず

綺麗な品のある女白狐さんを感じました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

白狐といえば全国に3万2千社あると言われる稲荷神社を想像しますが、稲荷神社は何故お狐さん?

どうして?と聞かれて、即答できる人はどれだけ居るでしょうかね〜?・・・

あるところの稲荷神社の宮司さんも返答に困っていました。(笑)

全国3万2千社の総本宮「伏見稲荷大社」も数万匹の狐象が眷属として狛犬ならぬ狛狐として奉ら

れているが、全国では狛狐象は数百万以上いるかも知れないですね。

 

稲荷神社の由来は、稲の成る神、稲成から稲を荷なう神像の姿から「稲荷」の字が当てられたと

される。そして農耕の神、植物の神として「ウカノミタマ神」を主祭神として奉られている。

が・・・後から取って付けたような説明で疑問に思っています。(又神様に叱られるかも知れない)

稲を担ぐウカノミタマ(宇迦之御魂神)食物の神として祀られ、スサノオと神大市比売の子とされている。

そして佐田彦大神・大宮能売大神・田中大神・四大神の四柱が加わり稲荷5社大明神と称している。

(それぞれの神の説明は長くなるので省きます)

 

もう一つの説は・・・

奈良時代の和銅4年(711)年2月に、
裕福な豪族「秦氏(はたし)」の棟梁だった秦伊呂具(はたのいろぐ)が、お餅を弓矢の的にし、

矢を射ようとしたところ、お餅が白い鳥となり、稲荷山に飛び去っていきました。
白い鳥が舞い降りた峰には、稲が豊かに実ったことから、神様が鎮まれたとされ、そこに社を建てた

のがはじまりと伝えられています。

 

稲荷の狐説は・・・・

狐は農耕にとって害獣となる野ネズミやモグラが好物で捕って食べるので、田植えを見守る農耕神の

使いと考えられたと言う説。

又、狐は油で揚げたネズミが好物だったのでお供えしていたが、それが出来なくなったのでネズミの油

でキツネ色に揚げた油揚げに、ご飯を詰めてネズミの天ぷらとしてお供えしたのがイナリ寿司の由来と

する説や、ネズミの天ぷらを見せたら化けてた狐が正体を現して飛びついたくらい好きだった。

と言う説もある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私はどうもこのような後から取って付けたような説は信用できません。

揚げ物は全て、キツネ色に揚がった時が一番美味しそうに見えるからそのように揚げているだけで、

お寺にも稲荷神社を祀る所があり、そのお寺でネズミの天ぷらをお供えする?あり得ないと思います。

また、狐や狸は全国に沢山居るので、稲荷山に限ったことでもないし、稲荷だけが狐信仰と言うのも

解せないし、別の意味があるように思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私の独断と偏見で感じたままに、言いたい放題言うと・・・・

これから先は単なる爺ぃの三流ブログだと思って読み流してください。

 

単刀直入に言うと、「白狐の正体は・瀬織津姫」だと思っています。

確かに伏見稲荷神社のご祭神は、宇迦之御魂神を主祭神として五柱の神を奉っているのですが、

その上に、大きな白狐に変身した瀬織津姫がいるのです。

※瀬織津姫は古事記に登場しないのですが、大祓の祝詞に一番最初に出てくる神の名前です。

祓戸の四柱の大神の一人(川の神)として登場しますが瀬織津姫は謎が多く、ベールに包まれたとても

不思議で魅力的な神なのです。

 

瀬織津姫は、謎多き奥深い神で調べていると、どんどんと広がっていく・・・だから魅力的。

調べると、大山津見神の娘「神大市比売:かむおおいちひめ)の事ではないかと想像する。

 

系図によると、スサノオと結婚し、宇迦之御魂神(稲荷の主祭神)と大年神(大歳神:吉方位の神)

の二人の子供をもうけている。

つまり神大市比賣=瀬織津姫

神大市比売の神社といえば、京都の女神様のみをお祀りしている市比賣神社(いちひめ神社)がある。

ご祭神は・・・

  • 多紀理比売命(たぎりひめのみこと)
  • 市寸嶋比売命(いちきしまひめのみこと)
  • 多岐都比売命(たぎつひめのみこと)
  • 神大市比売命(かみおおいちひめのみこと)=瀬織津姫
  • 下光比比売命(したてるひめのみこと)

さすが宗像三女神や女神ばかりの神社で、女性の全ての願いを叶えるパワースポトらしいですよ。

 

以前紹介した徳島の上一宮大粟神社です↓(気になる徳島の神社の秘密)

http://kimama.komatsu-j.info/?eid=438

以前も書きましたが主祭神の大宜都比売命(おおげつひめのみこと)は瀬織津姫と同一神だと思います。

油揚の入ったうどんは、関西では「キツネうどん」ではなく「ケツネうどん」と呼びます。

オオゲツヒメ=大きなケツネ=大きなキツネ=「大きな油揚の入ったキツネうどん」ではないかと思います。

よってオオゲツヒメ=瀬織津姫 であると推測します。

前回書いた「狐の嫁入り」も発祥地は四国、中国地方であり・・・・

徳島に卑弥呼の墓もあるのです。

邪馬台国は四国にあったと言う学者が多くいる。邪馬台国=阿波説が一番有望のようである。

 

徳島の史跡公園です

数年前に行きましたが、行く価値のあるところですね。

徳島市国府町にある八倉比売神社(やくらひめじんじゃ)で祭神の八倉比売は天照大神の別名とされる。

その裏には五角形の卑弥呼の墓があり、鶴と亀の石が祀られている。

※徳島の剣山も昔は鶴亀山と書かれていた。(鶴と亀の石があることにより)

ここにも、かごめ歌を連想するヒントがあった。

 

卑弥呼=瀬織津姫ではないのか?という想像も出来る・・・・

大祓の祝詞もよく読むと滋賀県の伊吹山から琵琶湖を通り阿波の鳴門大渦が出てきますね、そして

ヒミコ=巫女=瀬織津姫・・・・

巫女の本来の役目は、人間に聞こえない神の言葉を口寄せで伝え、神に奉仕する役目なのです。

 

「天照大神」とは「天皇陛下」と言う皇位を皇太子が継ぐと「天皇陛下」と呼ぶのと同じで、別の

神が「天照大神」の皇位を継げば同じく「天照大神」と呼ぶのかもしれない。

つまり現在の天照大神は女性なのだが、その前は天照と言う男神だったという説も考えられる。

そのように想定して考えてみると、全てがつじつまが合うのです。

天照大神は本来男神で、ニニギの兄のニギハヤヒであった、そしてその妻が瀬織津姫だった。

とすれば、ニギハヤヒの後の天照大神の襲名を別の巫女が継いだとすれば、妻はいらない。

妻だった瀬織津姫=大宜都比売命(オオゲツヒメ)はケツネに変身させられて追いやられたと。

四国から淡路島を渡り伏見の稲荷山まで・・・それが涙のケツネの嫁入りと呼ばれたのでは?と。

そして伏見の白狐として奉られ、子供のウカノミタマが主祭神として支えている。

そして沢山の家来やお供が同じく狐と化身してお世話していると考えてみるとつじつまが合う。

・・・・・・・・

証明

‖膾綮圓慮耄鄂声辧覆瓦蠅腓神社)の本殿には天照大神荒魂として瀬織津姫が祀られている。

∋蓋大神宮  (山口県)

D宮神社(徳島県)

 天照皇大神荒御魂として、瀬織津姫を祀る神社です。

 

瀬織津姫は水の神だけあって、川の中でのだんじり合戦。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最後に私の感じたままを書かせて貰うと・・・・・

宇迦之御魂神(ウカノミタマ)は↓のような感じでは全くなく・・・

何故か男神のような荒々しい気配ではなく、どちらかと言えば女神かおとなしい蛇の姿を

感じるのです。

例えばこのような人蛇神のような・・・決して嫌な感じはしませんよ。

いつも機嫌良くて、おねだりをすれば何か貰えそうな気がする(笑)

弁財天の聖地とされる琵琶湖の竹生島にある宝厳寺

 

そして、弁財天様(竹生島)の写真ですが・・・私は恐れ多くて撮れなかったです。

すごいパワーを放ていて、中に入るのもためらうほどの強力な神気が渦を巻いている。

写真なんて、とても撮らしてもらえる空気ではなく、私は追い出されるように出ました。

三女神の次女、市杵島姫と弁財天は同一神とさえていますが、全く別人だと確信しました。

大国主を筆頭に、神さまは幾つもの名前を持っているので、間違えて同一神だと思いがちですが

弁財天と、市杵島姫は全くの別人です。そして大国様と大黒天も全くの別人なのです。

市杵島姫はそよ風のような静かな話し方をするのですが・・・弁財天は怖かった。

ここの弁財天はこのような、おどろおどろした不気味な雰囲気が漂っていました。

私にだけだったのかも知れないが・・・

体が萎縮しました。(笑)私にはやはり仏教は合わないのかも知れない。

 

仏教も神道もそうだけれど、やはり神仏と蛇は強いつながりがあるようね気がしますね。

以前書いたブログ「人と神と蛇と」見てなかったら見てください。

http://kimama.komatsu-j.info/?eid=406

世界的に人類誕生の時から神と蛇とは縁があり、何処の神社へ行っても蛇を感じさせられます。

 

では今日はこの辺で終わります・・・・管理人

 

※今回のブログで300回目となりました。

 

私と同じような体験をした人が居ましたらコメント下さい。待っています。


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狐の嫁入り

  • 2019.02.26 Tuesday
  • 22:51

狐の嫁入りと聞いて何を想像しますか?

たいていの人は三つ思い浮かべると思いますけど・・・・

‥卦け?(高知では日和雨ヒヨリアメと呼びます)

空が晴れて天気が良いのに何故か小雨が降る時がありますよね。これを狐の嫁入りと言います。

狐の鬼火(又は口から吐く青白い火)が山を行列となって駆け上って行く様を狐の嫁入りと言います。

これは火が大きいから人だとすぐ分かるのですが、遠くの山をこのような火が行列となって

走って行くのを子供の時に父親と一緒に見たことがあります。

父はあれは狐の火玉で、狐さんが嫁入りしている行列であれが狐の嫁入りなんだと教えてくれました。

狐の鬼火(小さな火玉)が行列になって人よりも早いスピードで山を登っていく。

子供の頃へぇ〜そうなんだと、不思議な気持ちでしばらく眺めていたことを思い出しました。

 

狐の嫁入り発祥地は?と調べると、日本の本州、四国、九州に伝わる怪奇で昭和中期頃迄嫁入り行列の

提灯の群れを思わせる夜間の無数の怪火であると百科事典に書かれています。

この現象には思い当たる節があるので、後ほど説明します。

8僂量未鬚ぶり結婚する本物の結婚式です。

写真はネットから拝借したものですが、狐の格好をして嫁入り行列する姿です。

狐の嫁入りと聞けば大体この三つを思い浮かべるのではないでしょうか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ネットより幾つか写真を拝借してアップしますね。

 

私の特に親しい友人の子供夫婦の結婚式も、神社でこのような狐の嫁入り結婚を行いました。

大国様の神前結婚で行いましたね。もうかれこれ20年以上なるかも知れませんが・・・

新鮮な空気で、とても良かったですよ。

彼ら夫婦はとても仲良く、子供も出来て幸せに暮らしています。

そうそう先日の日曜日(24日)にその大国様の大祭だったので行ってきました。

冬の花火もきれいでしたね。夜店もいつになく沢山出ていて、大変な賑わいでした。

神社のお祭りはいつ来ても良いですね〜神さまとは会えない時が多いのですが、空気が良いのです

皆の顔を見るのが楽しい。皆笑顔で心ウキウキ、沢山の人がお参りに来て神さまも上機嫌。

お寺には無い、この明るい陽気な空気が良いのです。

・・・・・・・・・・・・・

話を戻します。

「狐の嫁入り」とは愛する夫のために我が身を犠牲にした美しい狐(おこん)の純愛物語なのです。

むかし、むかし、ある村でのお話です。

日照りに悩むその村では、村の外れにある池の龍神さまに雨乞いをすることになりました。そして

龍神さまに捧げる生贄(いけにえ)として狐をだまして捕まえることにします。

 

村一番に頭の切れる五郎兵衛は、人に化ける狐たちが住んでいる村の村長と話し合い、色白で美しい

狐の娘・お紺(おこん)を働き者の青年として評判の竹蔵に嫁入りさせることにしました。

実はその嫁入りは、お紺をだまして捕まえるための五郎兵衛の算段でした。

竹蔵とお紺の祝言の席で、五郎兵衛はお紺を捕まえるつもりでいたのです。

 

そして迎えた竹蔵とお紺の祝言の日。

祝言の最中にお紺を捕まえる準備を五郎兵衛が進める中、祝言の席で意外なことが起こりました。

五郎兵衛の魂胆を知った竹蔵が、お紺を逃がそうとしたのです。

「逃げろお紺!この祝言はお前をつかまえるための罠だ!」

しかしお紺は逃げませんでした。お紺は以前から、働き者の竹蔵のことが好きでした。

そして愛する竹蔵と、竹蔵が愛する村のために我が身を犠牲にすることを選んだのです。

「竹蔵さん、あなたが好きでした。いつも村に来てあなたのことを眺めていました。

あなたと少しの間だけでも夫婦になれた私は幸せ者です」

お紺の強い願いにより祝言は最後まで執り行われました。

祝言が終わり、お紺は竹蔵に別れを告げると、生贄として龍神さまに連れ去られてしまいました。

そして神主が雨乞いの祝詞を奏上します。

するとほどなくして空は晴れ渡っているにもかかわらず、大粒の雨が降り出しました。

それはまるでお紺の涙のようでした。と言う悲しい物語です。

(これが狐の嫁入りの雨なのです)

何とこの話は、イギリス、イタリア、ブラジル、ポルトガル、フィンランドにもあり、このような

日和雨のことを(キツネの嫁入り)と呼んでいるそうです。言葉は違うでしょうけど意味は同じみたい。

 

これが言い伝えられて、神前で好きなこの人のためならどんな苦労も、殺されても良いと言う一途な

気持ちで結婚するのが、命をかけた狐の嫁入りとなったのだと思います。

神前で狐の嫁入り結婚をすると、幸せになれると言う言い伝えもあり、離婚も無いようです。

このような一途な女は良いですよね〜・・・うらやましい。

私の嫁ですか?・・・・ハァ〜⤵(ため息)・・・古女房になると言いたいこと言いやがって!

私がポツリと一言注意でもしようなら、何十倍もベラベラベラと返ってきて・・・・

機関銃でバリバリバリと撃たれて、即死した気分になる。(^^ゞ

では又・・・管理人。

 

追伸・・・私の書こうとしたことが書けてなかったので、次回に書きますね。

又、最近忙しくなり始めました。少々お待ち下さいませ。

 

順位が落ちたから控えめに言います。もし気が向いたら下をクリックして下さい。


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人間が計るものさしと、神様が計るものさし

  • 2019.02.08 Friday
  • 02:18

人間としての値打ちとは何をもって計りますか?人として計る物差しは何でしょうか?
高所得?それとも高学歴?それとも社会的地位ですか?
それらを全て満たしていれば、それで人として値打ちがあるのでしょうか?

勿論、それら全てを満たして居れば、社会的にも信用され、成功者と見なされるかも知れませんが、

それだけで人として、人間として、優秀と言えるのでしょうか?私は疑問に思っています。


そんな一見成功したような人でも、悩んで自殺したり、いい大人になってから馬鹿なことをしたり

する人もいます。そのような事件もいっぱいありましたね〜・・・
他人が羨ましがるから?自分はレールの上をまっすぐ走ってきたから私は成功者だ!と自分に言い

聞かせている人は「おめでたい人」です。本人はそれで満足なのでしょうかね〜?・・・

私は仕事柄長年、色んな職種の人と出会い触れてきました、社長と言われる人も沢山知っています。

コツコツと下積みから努力と苦労を重ねて、人の痛みや、辛さも分かる、花も実もある社長もいれば、
人に恨まれて、のし上がった人も、悪いことして大儲けした人も、単なる学歴や、仕事の結果だけで

上司となり、自分より年上の先輩を上から目線で叱りつけ、嫌われている人も、酒場で自慢話ばかり

して、空気の読めない人も、性格や意地の悪い人も沢山知っています。

 

又最近、先生と呼ばれる政治家の不祥事や事件も目に付きますね〜・・・・

明石市長がパワハラ暴言を録音されて辞任するとか、麻生副総理の失言問題だとか、東大法学部在学中

に司法試験合格し、法務省刑事局、東京地検特捜部に務めた超エリートの山下貴司法務相の「裁判官も

俺たちの言いなり発言」でテレビを賑わせてくれましたが、皆さん本当に頭が良いのか?悪いのか?

 

昨年でしたけど、橋下徹氏の講演を聞きに行ってきましたが・・・

テレビでは歯に衣着せぬ口調で、言いたい放題言うので面白いな、どんな話が聞けるのかな?と

期待して神戸まで行ってきたのですが、全くの期待外れでした。

90分の間、自分の自慢話ばかりで、スクリーンを見せては、これが(ドン)こんなになったとか、

誰もが気がつかなかったこれが(ドン)こんなになったとか・・・永延と続く自慢話・・・

知事の時には、上に立つ者は部下を信頼して仕事をさせねばならん、そのためには全てを任し責任を持た

せて、結果をしっかり出せ!と命令をすれば、部下は一生懸命するものだとか・・・

結果が良ければ自分の手柄で、悪ければ部下の責任のような考え方だ。

もっと沢山の苦労話を、このような困難をこのように解決してきたとか、いい話が聞けるのかなと期待

してたのですが90分の間、永遠と自慢話ばかりでうんざりでした。

あの講演から橋下徹と言う人間が嫌いになりましたね〜・・・・(笑)

 

人間として、人を計るのに・・・・・

結果を見て判断するのが人間のものさし

人の生きざまを見るのが神様のものさし ではないでしょうか?

人は皆、誰もが平等に生まれてくるはずです。

でも、子は親を選べないし、親も子を選べない。しかし人は間違いなく生まれ変わってきているのです。

但し、前世で修行を積んだ人は、それなりの環境の良いところに生まれ変わり、女性は美人に、男は美男

子に、そして恵まれた環境で、その星の下に生まれた運命を背負い育つのです。

 

生まれ変わってくる、と言うことは現世に修行に、もしくは罪の償う為に生まれ変わってきているのです。

生まれ変わりは、試練を与えられて、辛い体験する為に生まれ変わる場合もあります。

生まれつき障害を持っている場合もあれば、貧困家庭に生まれる場合もあり、体が弱く病気がちに生ま

れる場合もあります。

神様は前世の罪を償うために、試練の生まれ変わりを与えて、その生きざまを見ているのです。

もし、自分がふびんに感じるのなら、前世の償いをする為に生まれて来ているのだ。

そして今、その償いをしているのです。

ミケランジェロ作:システィーナ礼拝堂の「最後の審判」

(中央がキリスト、天国と地獄を描いたもので、輪廻転生を描いている)

 

強い心で、試練に耐えて生きるのか、愚痴を言いながら投げやりな心で、ひねくれて生きるのか、

神様はその生きざまを、神様のものさしで見ているのです。

試練に耐えて、一生懸命力強く人生を全うする事が出来れば、来世は幸せな生まれ変わりが出来るでしょう。

反対に、人道に反する生き方や、恨まれたり大罪を犯したものは、地獄で数十年〜数百年修行してから、

現世に生まれ変わって来ます。

神様は生まれ変わって生きる人の、生きざまを見ているのです。

(輪廻転生はあると断言する科学者もいます)

 

ニコラ・テスラです。エジソンとの電流戦争にも勝った天才発明家です。(1856年生まれ)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以前このニコラ・テスラの発明の地震兵器(HAARPハープ)のことを何度か書いたのですが

今では各国がこの地震兵器を研究中です。

現在やっと地震兵器のことが国会で取り上げられています。3.11の東日本大震災はアメリカの

人工地震兵器ではないかとの疑いもあります。↓地震兵器は世界の常識。11分頃からが見頃です。

https://www.youtube.com/watch?v=dyJfcqLCe6c

話を戻します・・・・

(こちらの画は仏教の六道輪廻図)

六道とは、仏教において、衆生がその業の結果として輪廻転生する6種の世界のこと。六趣、六界ともいう。

六道には6つの世界があります。

(天道)

天人が住む世界で、苦しみの無い天界。自由に空を飛ぶことも、何でも出来る天国界と言われます。

(人間道)

現在の私たちの住む世界で、四苦八苦に悩まされる苦しみの大きい世界であるが、苦しみが続くばかり

ではなく楽しみもあるとされる。

(修羅道)

阿修羅の住む世界で、終始戦い争う世界と言われる。苦しみや怒りが絶えないが地獄のような場所では

なく、苦しみは自らに帰結するところが大きい世界である。

(畜生道)

読んで字の如く畜生の世界です。ほとんど本能ばかりで生きており、使役されるがままという点からは

自力で仏の教えを得ることの出来ない状態で救いの少ない世界とされる。すなわち畜生である。

(餓鬼道)

餓鬼の世界で、餓鬼は腹が膨れた姿の鬼で、食べ物を口に入れようとすると火となってしまい餓えと渇きに

悩まされる。他人を慮らなかったために餓鬼になった例がある。

(地獄道)

地獄道は罪を償わせるための世界である。犯した罪により地獄で何百年と言う辛い修行をする。

※自殺は間違いなく、この地獄道に入ります。神様に修行をして来なさいと魂と肉体を戴いて生まれ

変わって来ているのに、辛いから自殺するというのは、現界の脱走行為になりますから当然です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先日、可哀想な事件が起きましたね・・・・・

小学校4年の女の子が、自分の父親に折檻されて可哀想な死に方をしました、母親も助けてくれなかった。

多くの方は、可哀想で腹立たしい事件だと、思ったことでしょうね。

(普通なら信じられません、小学校4年の幼い我が子を死ぬほど折檻するとは・・可哀想な事件です)

だがこの女の子は、現世に修行する為に生まれ変わって来ていたのです。

前世の償いをする為に生まれ変わってきていたのです。

父親に謝り、母親に謝り、それでも殺されてしまった。

(可哀想ですが、生まれ変わってきて充分に償いをしたので、今度は素晴らしい生まれ変わりがあります)

この父や、母親は来世は苦労する惨めな生まれ変わりをすると思います。

神様は生きざまを、ものさしで見ているのです。

神様は何処で見ている?・・・神様は人間の身体の中にも居ますよ。

以前このブログで、説明したことありますけど・・・・

私も家内も輪廻転生を確信しています。

もう30年以上前になるのかな?富士山を見に行こうと小さな子供を連れて富士山の五合目まで

車で上がり、そこで二人とも間近で初めて見る富士に圧倒され乍らしばらく黙って見上げていました。

多分10分ほどの沈黙の時間が過ぎた頃・・・・

突如、二人が声を合わせたように、発した言葉が ここ来たことある!と言ったのです。

確かに、以前この風景を見たことがあるのです。二人とも・・・・

人が行列で登っている・・・この見上げる富士山を登った記憶が確かにあるのです。

(その時は子供が未だ小さいので登らなかったのですが、確かに登った記憶が見覚えがあるのです)

夫婦二人とも前世で登ったことがあるのでしょう。夫婦の縁とは不思議なものですね。

・・・・・・・・・・・・・・・・

私は温泉やサウナによく行くのですが、裸になれば社長も乞食も対等で、同じ裸の人間なのです。

ベンツで来ていようが、ボロ自転車で来ていようが、裸になれば知らない只のはだかの男なのです。

人の値打ちを計るものさしとは、肩書きとか、収入とかではなく・・・

世間の荒波や風雪を乗り越えてきた人柄、人間臭さ、又はその生きざまを見るものさしが必要では?

私も未だ未だ、前世の償いをしなければ、死ねないような気がします(笑)

こんなに苦労するとは、私の先祖は何をしたんだろう??(笑)

では又・・・・・管理人。

 

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