安徳天皇の横倉宮へ

  • 2015.06.05 Friday
  • 09:38
高知県高岡郡越知町にある横倉山(標高793m)平家落人伝説のある横倉宮へ行ってきました。

横倉山.jpg
高知市から車で約1時間ちょっとで横倉山入り口まで着きます。そこから車で約15分くらい上り
上の第3駐車場に着きます。
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第3駐車場に着きました。 ここから歩いて40分くらいで横倉宮に着きます。
ここまで上がってくるだけで、空気も別世界のような気がします。
この神社のことは、以前にも何度かここで紹介したこともあるけど、私にとって特別の神社
なのです。だからここへは20回以上は来てると思います。一人でも度々来ましたね〜(笑)
それは、20数年前に、夢で、すごく見晴らしの良い山の上にある神社があり、夢で又この山へ
来た〜と。同じ夢を何回も何回も(20回位)続けてみたのです。
目が覚めても、その神社や景色、山道までハッキリ覚えているのですがその神社が何処にあるのか
解らない。どれだけ探しただろうか、山の上の神社を探し、ここでもない、ここでもないと・・・
何年も、何年も探しましたね・・・
とうとう解らず、あきらめていましたが、徳島の先生と出会って1年ほど経った頃、そうだ先生に
聞いてみようと、先生に相談したのです。
何度も同じ神社の夢を見るけど、どこか解りませんか?と・・・・
そしたら先生は、しばらく目をつぶり・・・越知の横倉山に行ってみたら?
そこに偉い神さまが居ると・・・・どうも小松君を待ってるかも知れんのう〜・・と
え〜横倉山?・・・・聞いたこと無いけど、越知なら近いじゃん。
早速、次の休みの日に行きました。
車で登って行く頃から感じました。ここだ!この山に間違いないと確信しました。
夢で見覚えのある景色がある、夢で見た大きな石がある、そうそうこんな大きな広場があった。
そこから左へ曲がって又、上に登る・・夢と全く同じだと・・・不思議な気分だった。
駐車場に車を止め10分ほど歩くと、大きな杉に囲まれた立派な杉原神社に出会います。
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その横には平家の宮と言う神社があり、源氏の追っ手から逃れ、安徳天皇を守護しながら
ここまでたどり着いた家臣83名の内、氏名の判明した78名の名を合祀した神社です。
・・・・・・・・・・・・・・
※これからは、神さまを写真に撮らないようにします。今まで神さまを写真にとってブログに
載せようとしたのですが、神さまに叱られましたので、これからは意識して神さまを撮るような
ことは止めましたのでご了承下さい。(写真がぐっと少なくなります)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
神さまは撮れないけど、この神社の壁面に並べられている立派な彫刻をご紹介します。
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このまま古びて腐っていくのはもったいない。
キレイに色づけして保存すれば、もっと参拝者も来てくれるだろうに・・・・

残念なことに、この神社は夢に出てこなかったのです・・・
でもこの山道は何故か懐かしい気がする・・・・
ここから歩くこと約20分。
やっと横倉宮の鳥居が見えます。
一緒に来た息子も疲れてヘトヘトだ・・・(笑)
P5240059.jpg
やっと横倉宮の鳥居が見えた。・・・
息子に、この鳥居から神さまの結界だよと教える。
この鳥居を抜けると、息子が本当だ今までと全然空気が違うと言う。
何で?こんな空気初めてだと言う・・・
もう少しだぞ、頑張れ!と言いながら一段一段登っていく・・・
昔、初めて此処へ来た時・・・
この階段を上っていると、何故か悲しくもないのに、涙がポロポロと流れたことでした。
そしてやっと登り切った時に横倉宮が見え、やれやれと思った時に・・・・
神さまの声が・・・・よ〜来た・よ〜来たと、(生まれて初めて神さまの声を聞いた瞬間でした)


4年ほど前UPした横倉宮の写真です。
この時に、中からピカッと光が見えたのです・・・・・
感激して神さまに、ありがとうございます。やっと私の神さまに会えました。
これからは死ぬまでに100回は来ますのでよろしくお願いいたしますと約束する。
・・・・・・・・・・・・・・
安徳天皇は壇ノ浦で8歳の時に入水して崩御したと、歴史にはあるのですが・・
死んだのは、家来の娘が安徳天皇の身代わりになって入水したそうです。

ここに来る前、何も知らないはずの徳島の先生に、安徳天皇は生きていたのですか?
と聞くと・・・
ふむ・・・平家の家臣と逃げ延びて横倉山で24、5歳頃亡くなったようじゃと・・
そして、そこで火葬にされて、そこに祀られておる。
骨は別の所に幾つかに分骨されている。骨は無いが魂はそこにあるの〜・・・と
何も知らないはずの先生はやはり凄いわ・・・・亡くなったのが残念です。
もっといっぱい教えて欲しかったのに・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
不思議なことは重なるもので・・・・
私が初めてこの横倉宮へ来たのは、12月23日でした。
左側の横倉宮の説明を読むと・・・
『安徳天皇は23歳の8月8日に山上の行宮で亡くなられ、同年9月8日に平知盛が
王室大神宮とあがめて、横倉山頂に神殿を建てて祭る。
歴代領主が崇拝し、しばしば社殿の修改築をした、現在の建物は、明治30年頃の
改築で、以前は横倉宮権現と、いったが明治4年に御嶽神社と改め、昭和24年の
12月23日、天皇崩御750年際のときに横倉宮と改められた。』
と書いています。
・・・・・・・・・・・・・
何の因果なのか・・・この神社の夢を何度も見て、やっと見つけて来たその日が
12月23日で、横倉宮と改められたのが昭和24年。私の生まれた年なのです。
そして、よう来た、よう来たと言う神さまの声・・・
私と何かの因果があるのでしょうか?私も平家の子孫なので、先祖が安徳天皇との
関わりが有ったのかと、安徳帝を守護しながら此処までにやってきた78名の家臣の中に
小松姓が数名います。小松知盛・小松少将有盛の墓も此処にある。
もしかしたら私の先祖かもと思う・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私が、宗教団体を退会して神道一本になったのは、この頃からです。
そりゃ〜神さまの声を聞いたら、考え方がガラッと変わりますよ(笑)
だから、私にとってこの神社は一番大切な神社なのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
天皇が交代する時は儀式があります。
三種の神器を受け継ぐのです。
八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)と、
八咫鏡(やたのかがみ)と
草薙剣(くさなぎのつるぎ)です。
安徳天皇の身代わりに亡くなった子に持たしたのが、勾玉と八咫鏡なのですが
草薙剣は安徳天皇が持って逃げていたのです(八岐大蛇を退治した時に尻尾から出てきた剣)
その剣は未だに行方不明なのです・・・
それからの天皇交代儀式の三種の神器は勾玉と鏡は本物らしいのですが、剣は代用品です。
と言うことは・・・
本物の三種の神器を受け継いだのは、81代安徳天皇が最後と言うことになりますね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その当時、私が描いた油絵なのですが、現実の風景と夢に出て来る風景を重ねて
描いてみました。中から光が見えるのも描きましたよ(笑)
この絵を徳島の先生に見せて、先生この絵を飾って手を合わせ、お参りしたいのですが
この絵に魂を入れてくれませんか?とお願いして魂を入れてもらいました。
今でも事務所に飾って、時々手を合わせてお参りしています。
魂が入っていること、見て解る人は解るでしょうね〜・・・・
解らない人は、へたくそな絵だと思うでしょうが(笑)

では又・・・管理人。



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コメント
安徳天皇の横倉宮は、テレビの影響で知りました。そして、安徳天皇を調べてたらあなたのブログにたどり着いたのです。そしてワクワクして読みました。安徳天皇は、たぶん壇之浦で死んではいないと、思ってました。歴史も好きだし特に日本の歴史には興味あります。龍伝説とかも好きで、うちの近くにも昔池があって、その池にも龍がいたそうです。その池の近くに、祠があるのですが、龍を称える祠だそうです。私は愛知県在住です。三重県多度町には、青池伝説もあります。そこも龍伝説があります。何故か池も好きで、水は怖いのに、竜はいるんじゃないかと信じてます。霊感もある方なので、幽霊を見てしまったこともあって、不思議なこともありました。そういう語れる人たちのクラブがあれば、行ってみたいとおもいます。これからもよろしくお願いいたします。居酒屋さんやって見えるなら、いつか行ってみたいとおもいます。
  • リン
  • 2018/11/18 8:36 PM
リン様コメントありがとうございます。
私たちのように神社大好きな人達は沢山いますね。最近特にパワースポットブームで若い人達が朝早くから熱心に参拝の開門を待っている光景が見られます。伊勢神宮等は朝5時の真っ暗い時間に沢山の人達が集まり開門を待っています。朝一番に神様にご挨拶と熱心な人達を見ると私まで嬉しくなります。
帰雲城伝説、一夜にして城下町全て埋没してしまったそうですねネットで調べて初めて知りました。
(ある日、内ケ島氏に仕えていた医師が帰雲城へ登城すると、城主や奥方、あるいは家臣、侍女らが皆、不吉な顔つきをしていた。そこで、脈をとってみると何と、城主をはじめとする城内の全員が死ぬまぎわの者と同じ「死に脈」であったという。驚いた医師は「何か大変なことが起こる!」と繰り返し叫んだが、誰も本気にはしてくれない。やむなく、医師は家族とともに城を去るが、その翌日に大地震が発生したという内容)ですね。「全員が死脈」そんなこともあるんですね〜
貴重な情報ありがとうございました。小松
  • 管理人より
  • 2018/11/16 11:35 AM
初めまして、私も神社大好きです。お城、お寺、歴史、湧き水.池、龍伝説も好きです。こういう趣味持つと変人扱いされてしまうので、趣味を同じくしていらっしゃる方が見えると感動します。ご存知でしょうか?帰雲城伝説、一夜にして城下町全て埋没してしまったところがあります。岐阜ですが、祟りで地震が起きたとも言われてます。面白いので検索されるとよいかと
  • リン
  • 2018/11/15 6:04 AM
6月15日に
高知に車を走らせたのですが、立川SAで
車の電気系統が故障して、やむなく引き返しました。

そして、
今日、横倉宮にお参りさせていただきました。

前回は、高知の人に案内をお願いしていたのですが。

今回は、ひとりで参りました。
ひとりで来なさいということだったのだと
思いました。

前回から、今日、
行くまでは悶々としていましたが、
心が晴れ渡りました。

安徳天皇御陵では
心が安らぎました。

安徳水と杉原神社、平家の宮にて
オカリナで
ふるさと
アメージンググレイスを
演奏奉納させていただきました。

感謝です
  • 宮野 清美
  • 2017/07/03 10:55 PM
返信ありがとうございます。
安居渓谷に行こうとしていましたら、こちらにお参りしてください
とのことでした。
写真を見ただけで、頭が揺れました。

お山に入らせていただきます。
  • 宮野 清美
  • 2017/06/14 4:59 PM
宮野様コメントありがとうございます。
初夏の横倉山も良いですよ。私も行く予定を立てているのですが、多分もう少し先になりそうです。横倉宮へ是非行ってみて下さい、そして安徳天皇陵墓参考地も行ってみて下さい。キット良い思い出になるでしょう。
  • 管理人より
  • 2017/06/14 2:03 PM
初めまして、宮野と申します。

今日初めて記事を拝見しました。
高知県安徳帝を検索していて、ご縁がありました。

明日、こちらに伺います。
ありがとうございました。
  • 宮野 清美
  • 2017/06/14 8:23 AM
私のブログに訪問ありがとうございます。時々、電話にてお問い合わせを頂く時があります。以前は電話応対もしていましたが、現在電話での応対は遠慮させて頂いてます。お問い合わせや質問は、メールにてお願い致します。名前は匿名でも、ニックネームでも可。住所も不要です。出来るだけ早く対応させて頂きます。内容により、ブログで取り上げさせて頂く場合もあります。個人情報や、守秘義務は遵守致します。コメントや、メールでのお問い合わせは歓迎致しますので、よろしくお願い致します。 info@komatsu-j.info 管理人。
  • 管理人より
  • 2015/06/12 9:58 AM
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